第17章 ふつおたでもいいと思う②

***

稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」

奏絵・稀莉「これっきりラジオ~!!」


奏絵「季節もすっかり冬だね」

稀莉「つい最近まで夏だったのにあっという間だわ。もう12月!」

奏絵「さぁ、寒い中でもホットな話題があります」

稀莉「いきなり言うの?」

奏絵「だって、皆、聞きたいよね?気になっていると思います」

稀莉「そうよね、気になるわよね」

奏絵「うん、稀莉ちゃんから言ってもらえる?」

稀莉「わかったわ。皆さん、突然ですが大事なお話があります」

奏絵「ごくり」


稀莉「ラジオCDにつく、おまけ音声の収録が終わっていない!!」


奏絵「違う―――!!けど、合っている!確かに収録してない!!」

稀莉「皆は覚えているかしら?イベントでのこと」

奏絵「あーそういえばあったね。第1回放送から第20回までをまとめたラジオCDを販売するとイベントで告知していました。で、それに私達二人の旅の様子を収録すると宣言していました」

稀莉「しかし、まだ収録していない!」

奏絵「なんてこった!」

稀莉「すっかり忘れていたのよ、うちの構成作家が!」

奏絵「植島さーん!!!」

稀莉「気づかなかった私たちも、スタッフも同罪だけどね」

奏絵「で、不味いことがあるんだよね」

稀莉「ええ、発売日よ」

奏絵「発売は12月22日に行われる合同イベントだそうです」

稀莉「無理じゃない?あと約1カ月!」

奏絵「詰んでいるよね……」

稀莉「発売延期ってできないの?」

奏絵「できなくはないけど、色々とお金が吹っ飛ぶそうです」

稀莉「なので、今週末急遽収録します!今からじゃ遠くに旅行もいけないから近場予定」

奏絵「そうなるよねー」

稀莉「何処に行くかは、来週放送するのでちゃんと聞くのよ!」

奏絵「私たちがどっかに行っているはずです。乞うご期待」

稀莉「問題はまだ私たちも知らないってことよね……」

奏絵「うむ。で、本題のほうは?」

稀莉「次のコーナーで言うわよ」

奏絵「ではでは、こちらのコーナーでお伝えしたいと思います!」


奏絵「よしおかんに報告だー!」


稀莉「こちらのコーナーは、よしおかんに相談したいことをリスナーさんが送り、よしおかんが答えるコーナーよ」

奏絵「ただ、実質お便りのコーナーです」

稀莉「普通のお便りはいらないからね!」

奏絵「はいはい、定番の台詞」

稀莉「今日はこちらのお便りから紹介します」

奏絵「昨日の夜届いたお便りです。他にもたくさんのお便りが届いています。昨日の発表にも関わらず、ありがとう。代表して、こちらのお便りを読ませてもらいます」

稀莉「今回は、ラジオネームは読みません。ご了承ください」


奏絵「はい、ではお便りです。『吉岡さん、佐久間さん、こんばんは。今回送るお便りは、二人にとって大変失礼な内容かもしれません。けれどもこれっきりラジオが大好きな私は心配で、不安で、居ても立っても居られず、お便りを送りました。新しくつくられる「空飛びの少女」の主役の空音に、佐久間さんが選ばれましたね。元々の空音は吉岡さんがやっていた役。佐久間さんは憧れの役に選ばれた嬉しい気持ちも、複雑な気持ちもあると思います。吉岡さんも色々な想いがあり、とても話せる気分じゃないかもしれません。でも、私は二人の気持ちが知りたいです。ラジオがギスギスしてしまうのは嫌なんです。今回の件について、二人の言葉を聞かせてください。これっきりラジオは大丈夫……ですよね?』」


稀莉「お便りありがとう。これはね……どこまで話していいのかしら」

奏絵「本当に複雑な気持ちだったよ」

稀莉「色々なことがあったわね。本当に色々なことが」

奏絵「リスナーの皆なら大丈夫だと思いますが、番組、スタッフ、事務所の人を悪く言うのは絶対やめてくださいね。文句を言うために話すのではありません」

稀莉「皆のこと、信じているよ」


奏絵「私、吉岡奏絵は6年前『空飛びの少女』の主役を空音を演じていました。そして今回、『空飛びの少女』が新たにリメイクされることになりました」

稀莉「その主役に、空音を演じる吉岡奏絵に憧れた私が選ばれました」

奏絵「もちろん、私も役者です。選ばれなくて、悔しい気持ちがあります。納得できない部分もあります。稀莉ちゃんに嫉妬もしました。空音は私にとって大事な役だったんです」

稀莉「ええ、その通り。空音だけじゃない、演じた役はどれも大事で、大切です」

奏絵「私たちは二人でたくさん話しました。言い合いにもなりました。私は稀莉ちゃんを傷つける言葉も発しました」

稀莉「何と説明したら良いか、わからない。全部を話すことは難しいわ。でも、ここに笑顔で二人でラジオをやっていることが答えです」

奏絵「役をめぐってギクシャクしていません。確かに最初は喧嘩もしました。でも今は、さらに稀莉ちゃんのことを深く知れ、もっと好きになれました」

稀莉「よしおかんにはこんな言い方悪いけど、試練だったのかもしれません。私たちは試練を乗り越えました。もっと強くなりました」

奏絵「ええ。こんな説明をしたら、逆に不安に思うかもしれません」

稀莉「でも大丈夫だから。ずっと聞き続けていれば、大丈夫だってわかるから」

奏絵「それでも、それでも二人の仲が不安だ―と思う人は、ラジオCDのおまけをぜひ聞いてね!まだ収録していないけど!」

稀莉「仲良しを見せつけてやるわ!!!」

奏絵「……気合入りすぎじゃない?」

稀莉「私の愛を見せつけてやるわ!!!!!」

奏絵「気合入りすぎだし、言葉変わっている!?」

稀莉「ちょうど来月に合同イベントもあるわ。イベントに来ると二人が変わってないとわかるから」

奏絵「はいはい、宣伝です、ごめんね!何か気持ちを利用しちゃうようだけど。まだチケットはあるよ、ぜひ来てね!」

稀莉「心配しないで。空音を演じても私は、このラジオのパーソナリティだし」

奏絵「役を演じなくても、私は変わらずよしおかんです!」

***


 ラジオの収録が終わり、スタジオがいつもと違って見えた。

 私たちが立ち上がると、スタッフの皆がパチパチと拍手をし出す。何も言葉は述べられない。けど、気持ちは伝わる。気持ちはわかる。


「これからも宜しくお願いします」

「宜しくお願いします」


 二人で深々と頭を下げる。

 普通ならこんな事情をわざわざラジオで話すなどしない。話してはいけない。

 けれども私たちには、これっきりラジオには必要なことだった。ラジオをこれっきりにしないためにも、逃げてはいけない。スタッフを安心させるため、リスナーを納得させるために詳細に話せなくとも、説明することが必要だった。

 一人、椅子に座っていた植島さんが口を開く。


「お疲れ様さま」


 その一言に色々な感情が込められている。本当に疲れた。心も体もボロボロになった。

 でも、今は笑顔で彼女の隣にいられる。変わらない私たちでいられる。


「じゃあ、おまけ収録は二人にリフレッシュしてもらわないとね。温泉地ロケとかどうだい?」

「温泉はこないだ入ってきました!」

「えーっと、じゃあ海の幸を満喫する食レポとかどうだい?」

「魚もこないだ食べてきたわ」

「まじか。じゃあ、遊園地は?」

「ネズミの国に二人で行ったわね」

「じゃあ、じゃあ、VR体験!これならしてないだろう!」

「ラジオで話したじゃないですか、VR DONEに行ったことありますよ」

「……君ら一緒に出かけすぎじゃない?」


 いや、変わらない私たちでは、いられなかったわけだけど。

 それについては説明責任ないよね?

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