第16章 アオノ願い、赤色のセカイ⑧

 寄って欲しいと言われ、私達二人は素直についていく。


「はい、この後、急にですみません!はい、どうしてもです!試運転ということで、お願いします。あ、ありがとうございます!」


 提案した聡美ちゃんは誰かに電話していた。電話の内容から、何をするか察することはできないが、無理を言って頼んでくれたのだろう。ありがたい。

 すぐ着くと言われ、お店から歩くこと数分。やってきたのは暗い、雪の積もる弘前公園の通りだった。空気は一段と寒さを増し、身体を冷やす。

 いったい夜の公園で何をするというのだろうか。


「本来なら12月からなんですが、今日は特別です」

「何かはわからないけど、無理いって準備してもらったようで……」

「いえいえ、大丈夫です!何せ今日は特別なんですから!」


 後輩が元気よく答える。内容については詳しく教えてくれないらしい。見てのお楽しみということか。


「地元に帰ってきて、何かできないかな……と思っていたんです」


 夢破れて、地元の青森に帰ってきた彼女。でも、何かをしたい気持ちは失ったわけではない。


「そんな時このプロジェクトを知りました。あっ、これだ!と思いましたね。で、すぐ連絡で、去年から一緒にやっています。微力ながら私もその一員で頑張っているんですよ」


 彼女が足を止める。

 先には、雪の積もった道。春なら満開に咲く桜が見えるスポットだが、季節は冬。絶景の場所も、今は葉が枯れ、花はもちろん、緑もなく、枝にはただ雪が積もっているだけだ。

 これが見せたかったもの?

 私と、隣の稀莉ちゃんの頭には疑問符が浮かぶ。

 

「私からの先輩と佐久間さんへのエールです」


 彼女が手を上げる。どこかに合図をしたのだろう。この場所で間違っていないらしい。何もない、白く塗りつぶされた場所。

 彼女が大きな声を出す。


「今日は貸し切りでございますー。では、お楽しみください」

 

眩しい。

急な強い光に思わず目を閉じる。


「冬に咲く、さくらを」


 耳にしたのは、矛盾した言葉。ゆっくりと目を開ける。


「あっ」


 ピンク色の花。

 桜が咲いていた。

 ありえない。今は冬。春に迷い込んだわけではなく、なびく風は寒い。

 でも、セカイは赤色に染まっていた。

 幻想的な風景。

 冬に桜が咲いていた。


 感動のあまり、言葉を失う。

 ありえない光景に、私たちは目を奪われていた。


「どうですか?冬の桜も綺麗でしょ」

 

 私たちは力強く頷く。矛盾した言葉は何も間違っていなかった。

 雪が積もった木に、ピンク色の照明が当てられてライトアップされている。それにより真っ白な雪が桃色に染められ、その光景は桜が咲いているかのように私たちを錯覚させる。

 雪が見せた、桜の幻。

 

「私はここにいるから、二人はどうぞゆっくりお楽しみください」


 後輩の言葉に甘え、私は彼女の手を取り、桜の道を歩き出す。



 赤色のセカイに私たちは迷い込んでいた。


「凄いね」

「本当、夢みたい」


 冬に見た桜ははじめてだった。当たり前だ、普通見られるわけがない。あまりに綺麗で、この世のものではない気がしてくる。

 夢のセカイ。幻想。非現実空間。

 でも、握った手に感触はあった。

 隣を見ると稀莉ちゃんもこちらを振り向き、微笑んだ。


 ここは現実で、私の住んでいた青森だった。

 そして、隣には『空音』より大事な彼女がいた。


 足を止め、彼女の名前を呼ぶ。

 

「稀莉ちゃん」


 出会って、まだ1年も経っていない。

 でも、今まで会った人の中で1番私を惑わしている。1年足らずで、人生で1番彼女のことを考えているだろう。そして、これからも私にとっての1番である。

 私に憧れた女の子。駄目な私を励ましてくれた相方。一緒に頑張った仲間。私を追ってきてくれた、かけがえのない人。

 

 アオ色の願いを託した君に、

 赤色のセカイで私は、言葉を口にする。


「結婚してください」


 ……あっ、やべ、間違えた。


「……はい」

「いや、待って!あっさりと了承しないで!」

「嘘なの!?好きじゃないの!?」

「好きだよ、稀莉ちゃんのこと好き!」

「うへへへへ」

「も、もう一度やらせて!ちょっと気持ちが高まりすぎて、台詞を間違えたんで!結婚ではない!あーさっき誰かが結婚式の写真を見せるから!」

「へへへへへ、奏絵と結婚……うへへっへ」

「戻って来て、稀莉ちゃん!あー、せっかくロマンチックに決めようと思ったのに!」


 彼女の両肩を掴み、眼を真っ直ぐ見る。

 

「だから私の」

「私の?」

「私のか、か、か」


 言葉が詰まった。目が泳いだ。


「だ、大学生になっても、変わらず私のことが好きなようなら彼女になってください」

「何でちょっと怖気づいているのよ!長い、長いって!」

「だって、高校生と付き合うってすごくインモラルな感じじゃん。せめて大学生ならセーフ!セーフなのか?」


 自分で言っていて意味がわからない。


「高校生でもいいじゃない」

「……いいんでしょうか」

「わかったわよ、大学生になるまでは同居しないわ」

「話が発展しすぎ!」

「あー、もうそれまでは『これっきりラジオ』を終わらせるわけにはいかないわね」

「そんな風に気合入れられても……」

「見てなさい。1年とちょっとしたら、私はあなたの彼女。あっ、契約書を書かないとね」

「マジすぎる!」

「未来で待ってる!」

「どこかの映画を引用するなし!というか一緒の時代に生きているから、未来で待つ必要ないから。一緒に未来に歩いていこう、は、はずっ!」

「じゃあ。この手を離さないでね」

「……もう離さないよ、私の空音」

「ありがとう、憧れの空音」

「ややこしいわ!」

「先に言ったのはあんたでしょ!」


 二人で顔を見合わせた後、ゲラゲラと笑い合う。

 しまらない。せっかくの告白なのに、ふざけた感じになってしまっている。冬の桜が咲く、幻想的な光景なのに台無しだ。

 でも、だからこそ私たちらしい。

 ロマンチックな場所も、素敵な告白も、私と稀莉ちゃんが笑顔ならそれでいい。


「好きだよ、稀莉ちゃん」

「私もずっと好き。これからもずっとずっと好き!」

 

 散らない桜もいいなと思った。



 

 東京に戻る、本日最後の新幹線。

 1日中移動したので、疲れたのだろう。稀莉ちゃんは隣の席でぐっすりと寝ていた。安心しきった顔に愛おしさを覚え、頭を撫でる。むにゃむにゃと声が聞こえたが、すぐに寝息に変わった。

 出発のアナウンスが流れる。あっという間に東京に着き、現実へと戻る。

 長い3日間だった。3日間?1カ月はあった気がする。そう思うほど、あまりに色々なことがありすぎた。どうしたって忘れられないだろう。

 そして、もう戻らない。

 寝ている彼女の手を握る。

 大学生になったら、と言ったが事実上の付き合って宣言。はぐらかしていた私の気持ちに、名前がつけられる。

 稀莉ちゃんは私のものになって、私は稀莉ちゃんのものになった。

 彼女と彼女。

 恋人の手の温もりに安心し、いつの間にか私も眠りについていた。


 


 

 後輩に尋ねられ、私は答える。


「この子は、稀莉ちゃんは、私の空だよ」


 色づけたのは君で、赤く染まったのは私。

 これからどんな星空を見せてくれるだろう。

 闇に沈む時も、雨の日もあるかもしれない。それでも陽はまたのぼる。


 空に、彩りが満ちていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る