第16章 アオノ願い、赤色のセカイ⑥

 部屋に戻り、愕然とする。


「そうだ、ダブルベッドだったんだ……」


 先ほどはつい勢い……というわけではないが、彼女のおでこにき、キスをしたわけでして。その後は恥ずかしくなって私は先に露天風呂から出て、部屋に戻ってきたわけなのだが、すっかり泊まる部屋のことを忘れていた。


「いやー、失念、失念」


 笑えない。

 ダブルベッド。1つのベッドに2人で眠る。

 自分でやっといてあれですが、意識しすぎて眠れるわけがない!後のことも考えずに行動するなって。冷静になれよ、自分。……冷静になれるか!

 ずっと立っているのは辛いので、ベッドに腰かけ、ペットボトルのお茶を一口飲む。部屋に戻る途中、ビールの自販機に誘惑されたが、泣く泣くお茶のペットボトルを買った。この状況で酔うのは非常にマズイ。


 トントン。


 扉が叩かれ、向かう。

 「はーい」と返事すると、「開けて―」と可愛い声が返ってきた。扉を開くと顔が真っ赤な稀莉ちゃんがいた。きっとその赤さは湯上りのせいだけではない。


「おかえり」

「ただいま」


 なんだこの新婚ごっこは。

 部屋に入り、早速彼女はベッドに座る。私も少し距離を空け、腰かける。ダブルベッドの件はとりあえず頭から離し、別の話題を出す。


「さて、稀莉ちゃん」

「何よ、奏絵」

「さっきは勢いで青森を観光しようぜ!っと言ったわけですが明日は学校だよね?」

「誘っといて聞くの?」

「すみません」


 我ながら情けない。稀莉ちゃんの母親に「旅行でもしてきなさい」と言われ、お風呂で悩んでいたにも関わらず、高揚した気分に負けていた。


「それで、学校はあるんだよね?」

「あるけど、ない」

「ど、どういうこと?」


 どっちだ。ハッキリしない。


「あのね、今うちの高校は文化祭準備期間でバタバタしているの」

「ふむふむ、そういう季節か。秋の文化祭か」


 文化祭、懐かしい響きだ。あまり覚えてはいないけど。


「普段から仕事で学校を休むことが多いから、クラスの出し物には一切関わっていないの」

「仕方ないよね、私も大学の行事はほとんど参加しなかったよ」

「協力したい気持ちはあるけど、準備って放課後もするでしょ?クラスの人たちも理解してくれて、私は分担なしの暇人なの。別に暇ってわけでもないけど」

「ということは、つまり」

「そう」

「ボッチってこと?」

「違う!」


 強く否定された。


「ぼ、ボッチじゃないし。友達は結愛がいるし、あ、あとは……」

「ご、ごめんね。文化祭に向けてクラスが盛り上がっている中で、何もしていない稀莉ちゃんは疎外感が半端ないってことだよね」

「腑に落ちないけどそうよ!」

「ちょうど良いって言っちゃあれだけど、稀莉ちゃんにとっても休むのは好都合なわけだ」

「その通り」

「でも、学校を休ませていることは休ませているし」

「青森まで追いかけさせた人が言う台詞?」

「そうだけどさー」


 それに朝ダッシュで帰っても、学校の1時間目には間に合わないだろう。遅刻するぐらいなら、休んじゃえばいい、のだろうか?


「いいの、私には学校より大事なことだから。奏絵と一緒にいられることが文化祭よりもずっと大切だから」


 青森にいるからって、林檎のように赤面させる台詞ばかりだ。旅先で私も彼女もどこかネジが外れている。


「楽しい思い出にしてね」

「ど、努力します」


 ベッドに寝っ転がり、携帯を見ながら二人で明日の旅行プランを立てる。

 「ここ、いいね」、「美味しそう」、「写真映えする場所ね」とお互い意見を言い合う。私の地元の弘前によるのはもちろん、美味しいご飯も食べたいし、自然も満喫したい。せっかくだから色々なところを周り、青森を満喫させてあげなくては。


「ふわぁ……」

「眠い?」

「そうね、新幹線で来たけど、何だか疲れちゃったわ」


 気づけばもういい時間だ。

 それに、あんなことがあって、きっとロクに寝れていないのだろう。


「そろそろ寝ようか」

「ん……うん」

 

 眠そうな声。小さな彼女にとって不安で、大変な大冒険だったのだ。ダブルベッドが何だ。お姫様には休息が必要だ。


「寝る時は電気を全部消す派?豆電球派?」

「どっちでも、いい」

「じゃあ、全部消すね」


 部屋は真っ暗な闇に堕ちる。稀莉ちゃんが先に入った布団に私もお邪魔する。距離をあけて入ると、少し身体がはみ出た。


「稀莉ちゃん」

「うん?」

「布団に入りきらない」

「私も、はみ出る」

「ちょっと寄っていい?」

「う、うん」

「わ、私は左を向くから。稀莉ちゃんは右を向いて。背中合わせならオッケーだよね」

「お、オッケー……」


 もぞもぞと移動し、私の背中と彼女の背中が触れる。

 ……何がオッケーだ。

 全然良くない。手が汗ばむ。顔が熱い。恋する乙女か、中学生か。私はアラサーのよしおかんだぞ。


「……奏絵」


 背中越しからか細い声が聞こえる。


「どうしたの?」

「いなく、ならないでね」


 もういなくならない。彼女から離れるなどしない。


「うん、私は側にいるよ」

「良かった」


 ほっとした声がし、少しすると彼女の寝息が聞こえてきた。


 私は空音を失う。

 彼女に奪われる。

 でも、私のセカイには彼女がいる。

 私の隣にはこの温かさがある。

 空音を失うより、彼女を失う方がずっと辛い。

 

 それが、私の答え。

 自覚してしまった願い、私のセカイの全て。


 彼女の体温を感じながら、やがて私も眠りについた。

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