第16章 アオノ願い、赤色のセカイ④
「来ちゃったって……」
軽い気持ちで、つい来れる距離ではない。新幹線に一人、女子高生の女の子が、青森に行くなんて馬鹿な話だ。
でも私に会いたいと思って、稀莉ちゃんから会いに来てくれた。
たまらなく嬉しい。私のために来てくれた彼女が愛おしい。
「もう馬鹿!ありがとう!」
「ふふ」
満足気な表情の彼女だ。
危うく東京行の新幹線に乗り、すれ違うところだった。あのまま新幹線に乗ったままだったら、稀莉ちゃんを一人残すことになっていた。無事でいてくれて良かった。さらに彼女を傷つけたら、罪悪感から顔向けできない。
もう放したくない。『好き』で満たされた心が、この温もりを手放すことを拒む。
ただ、いつまでも寒い改札前で抱き合ったままではいられない。
「さて、稀莉ちゃん」
「なに、奏絵?」
近距離から稀莉ちゃんの声が聞こえ、思わずドキッとする。抱きしめたままなので、そりゃそうだが、落ち着かない。
「今、直面している現実をみよう」
「奏絵に会えて嬉しい」
ドクンと鼓動を打つ。
真っ直ぐな健気な言葉に、顔を赤くするが、落ち着くんだ私。あー、もう凄く満たされている、冷静になるんだ、よしおかん!
「奏絵?」
「私も会えて嬉しい」
会うことに迷っていた。けれどもやっぱり会いたい気持ちが1番強かった。
「本当奇跡みたいだし、今でも夢じゃないかと思っている。で、言いたいことはたくさんあるし、聞きたいこともたくさんある。けど、とりあえずね」
「うん」
「もう東京に戻る終電がない」
乗ろうとしていた、東京行の最後の新幹線は去ってしまったのだ。今日中に東京に帰る手段はない。
彼女は私から目線を逸らし答える。
「う、うん。知っていたわ、新幹線って24時間走っていないの、知っていた。さすがの私でも知っていた」
「その反応、何も考えてなかったよね!?もし私に会えなかったらどうしたの!?」
「あ、会えたもん」
うっ、何を言っても可愛い。ぷくりと膨らました頬に、可愛らしい仕草にキュンっとするが、違う、今は違う。
「とりあえず、とりあえずさ今日は東京に帰ることができない」
「うん」
「だから、泊る場所を探そう」
稀莉ちゃんは「そうね!」と元気よく返事をした。本当にどうするつもりだったんだ、この子。よく考えているようで、感情に素直で、気持ちのまま行動する子だ。おかんとしては心配になっちゃうわ……、だからこそ隣にいたいと思うんだけどさ。それにきっとその気持ちはお互い様だ。
宿泊先で1番に思い浮かんだのは、実家だ。実家ならお金はかからないし、お客さん用の布団もあり、泊まるのに不便はない。
しかし、父親に「今度連れてくる!」と言って、すぐに「連れてきちゃいました」ではさすがに悪いだろう。親不孝者の私でも気が引ける。それにいきなり稀莉ちゃんを親に会わせるのは……いきなり?いや、別につ、付き合ってないし!でもでも父親に挨拶は不味いだろう!駄目、実家に連れていくのは駄目!それに連れていくのは母親がいる時だ。入院している今じゃない。両親が揃っている時に連れていかないと……け、結婚の挨拶じゃないよ?
となると近くで宿泊先を探すしかない。安く済むからといって漫画喫茶やカラオケで一夜を過ごしたくない。せっかくなのでゆっくりと休める場所がいい。もうお金のことなんて知らない。一度使っちゃうと、お財布の紐は緩まる。後はどうにでもなれだ。
携帯で近くの宿を調べ、電話をするとちょうどよく空いていた。
ただ1つ問題があった。
「1部屋しか空いていないらしいけどいい?」
「しょ、しょうがないわね」
1部屋にせよ、2部屋にせよ、稀莉ちゃんとは色々と話をしなくてはいけない。同室の方が都合が良い、と自分に言い聞かせる。ひとまず寒さで凍える心配はなくなったわけだ。
「電話した、吉岡です」
ホテルのロビーに着き、受付をする。稀莉ちゃんには、少し遠くの椅子に座って待ってもらっている。別に駆け落ちでもないし、やましいことは何もないが、関係は詮索されたくなかった。友達同士の旅行には見えないだろうし、説明するのは面倒だ。
よく見られて姉妹か、従妹といったところか。親子には見られたくない。
そんな心配をよそに、あっさりと部屋の鍵をゲットする。
エレベーターに向かう私の元に、すかさず稀莉ちゃんが寄ってきて、手を握る。
「……」
軽い冗談が出てこないほど、緊張している自分を自覚する。何を緊張しているんだ、私!いかがわしい関係じゃないよ、お父さんお母さん?
エレベーター内でも無言で、部屋に着くまで生きた心地がしなかった。前にテーマパーク近くのホテルに一緒に泊まったはずなのに、慣れやしない。それにあの時とは気持ちの大きさが違う。
「おー」
部屋の扉を開け、思わず声が出る。急に泊まることになったが、なかなかに立派な部屋だった。
「綺麗な部屋ね」
「そうだね、さあ入って入って」
会話をし、緊張がほぐれる。
稀莉ちゃんも同じ気持ちなのか、ベッドにダイブし、はしゃぐ。何だか修学旅行気分だ。よし、私も自分のベッドにダイブ!……と思ったが、あれ?
「あれ、この部屋ってベッドひとつだけ?」
「え?」
部屋を間違えたかな?と思い、扉の番号を確認したが、間違いなくこの部屋だった。立派な部屋にあるのは、立派なダブルベッドひとつだけだった。一人で寝るにはやけに大きいベッドだなーと思ったが、そういうことか。
この部屋にはベッドが1つしかない!
つまり、安眠を得るためには、この一つのベッドで一緒に稀莉ちゃんと寝るしかない。いや、それはそれで全く眠れる気がしないのだが。
「……」
「……」
沈黙が流れる。安らいだ気持ちも一瞬だった。気まずい。え、えい!
「お、お風呂に行こうか?」
「え?」
そう、このホテルには大浴場が備わっているのだ。しかも露天風呂があるらしい。旅の疲れにはお風呂だ。寒い日には体を温めないとね。
本音は、ともかくこの部屋に二人でいたくない。逃げたい!何だかこんなこと前にもあったような……。
「あっ、嫌だよね?いい、私1人で行くから」
そう言って逃げようとすると、袖を掴まれた。恐る恐る振り返る。
「一緒に行かせてもらいます」
前みたいに逃げることはできない。
強い圧を感じた。
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