第16章 アオノ願い、赤色のセカイ③

 青森の夜の空の下は冷える。今年は特に寒く、まだ11月なのにすでに雪が積もっている。精神はズタボロだったが、きちんと防寒対策をしてきた出発前の私を褒めてあげたい。

 券売機にお金を入れる。

 1日も経たないうちにまた新青森駅にやってきていた。往復の新幹線代だけでけっこうな値段になり、痛い出費だ。正直、1泊もしない移動に新幹線を使うのはもったいない。けれどもお金で買えないこともあるのも確かだ。

 母親の怪我も命に別状はなかった。動揺していた父親も落ち着き、実家に戻るといつもの元気な父親だった。二人の私への気持ちを知ることができた。

 突然の帰省だったが、選択は間違っていなかった。3年ぶりの青森。滞在時間は短かったが、帰ってきて本当に良かった。

 そして、間違いを正しに行く。

 果たして間違いだったのかもわからない。東京に戻ってどうすればいいかもわかってはいない。

 でも、私の気持ちはわかっている。

 ――大好きな君に会いたい。

 私を突き動かすのはそれだけ。それだけでいい。



 行きと同じ『はやぶさ』に乗り込む。平日の夜だからか乗っている人は少ない。まだ20時になっていないが、新青森駅から東京行はこれが本日最後の新幹線である。椅子に座り込み、窓の外を見る。ちょうど隣のホームに電車が到着したのが見えた。

 東京に着くのは23時過ぎだ。それまでに稀莉ちゃんに連絡し、明日会う約束を取り付ける。明日も平日で学生の稀莉ちゃんは学校だ。会えるとしたら夕方か、夜。仕事が入っていたらほとんど話す時間はないかもしれないが、少しでも時間をつくってもらうしかない。稀莉ちゃんもこのままでいいとは思っていないはずだ。どうにかして会いたい。

 一方的に言った私が、もう一度会って話がしたい!なんて言うのは都合がいい話かもしれない。普通なら会ってくれないだろう。身勝手だ。頼れるのは、絆、友情、好意……何と表現したら良いかわからない、言葉にはできないもの。私たちが積み上げてきた「何か」を信じるしかない。

 車内アナウンスが流れる。まもなく出発するとのことだ。そういえばお土産を買っていない。でも旅行ではないし、謝りに行くのにお菓子を持っていくのも何だか違う気がする。また来る。いつか二人で来るのだ。お土産を選ぶのはその時でいい。

 外を眺めると、雪がぱらぱらと降り始めていた。


「……えっ」


 思わず声がもれる。

 それは雪が見せた幻か。

 はたまた夢の世界に潜り込んでしまったのか。目を擦ってもう一度確認するが、幻は消えなかった。

 頭で考えるより、体が先に動いていた。

 勢いよく立ち上がり、頭上の荷物棚からバッグをつかみ、席を後にする。扉から飛び出し、ホームへ降り立つ。

 ここからじゃ確認できない。そのまま駆け足でエスカレーターへ向かう。

 

『東京行が発車します』


 ホームにアナウンスが流れる。

 東京行の終電だ。何を私はしているのだ。これを逃したら今日中に東京に帰ることはできない。今ならまだ戻ることができる。


 それは私が見せた幻。

 それは私の会いたいという願い。


「……行くよ、私」


 私は立ち止まらない。

 エスカレーターを転げ落ちないようにしながらも必死に駆け降りる。発車メロディーが流れるも振り返らなかった。



「はあ、はあ……」


 長いエスカレーターを降りきり、辺りを見渡す。

 急に体を酷使したので、悲鳴をあげている。でも休んでいる暇はない。必死に探す。見えないはずの幻を追う。


「……いた」


 ちょうど改札を出ようとするところだ。

 いるはずがない。ここにいていいはずがない。

 でも、私の目には確かに映っていた。

 ここは夢の世界でも、それは私の願望が生み出した幻影でもない。


 私は人目もはばからず、『彼女』に大きな声で呼びかける。 


「稀莉ちゃん!」

 

 彼女が振り向き、私に気づく。驚いた顔。驚くのは私だ。何でここで出会うのだ。

 会いたかった彼女。私が傷つけてしまった女の子。謝りたかった人。

 走っていた。

 私は彼女の元へ駆け寄る。

 どうしているのだ。どうして青森にいるのだ。いるはずがない。傷ついた彼女がここに来られる?あれからまだ1日だ。どうして、どうして。


「奏絵!」


 私の名前を呼ばれた。嬉しくて、また呼び返す。


「稀莉ちゃん!」


 駆け寄った勢いで、足は止まらず、彼女を強く抱きしめる。稀莉ちゃんはよろめきながらも、しっかりと私を受け止めてくれた。

 幻じゃない。

 夢の世界じゃない。

 温かい。彼女は確かにいた。私の手の中にいた。


 少し体を離し、彼女の顔を見る。


 言いたいことはたくさんある。会いたかった。会いたくてたまらなかった。傷つけたことを、泣かせてしまったことを、悲しませたことを謝りたかった。

 聞きたいことはたくさんある。どうして青森まで来たの?私を追って?傷つけたのは私だよ?今日は平日だよね?学校は?仕事は?親にちゃんと言ったの?どうして、どうしてなの?幻じゃないよね?夢じゃないよね?


 先に口を開いたのは彼女だった。


「来ちゃった」


 そう言って、彼女は悪戯に笑ったのであった。

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