第16章 アオノ願い、赤色のセカイ②
新青森駅から電車に揺られ、弘前駅へ。
誰か知っている人に会わないかとそわそわしていたが、誰にも会わなかった。よく考えればお昼休みも終わった平日の昼間過ぎだ。普通の社会人なら働いている時間で会おうと思っても会えない。
そもそも地元にどれだけの知り合いが残っているのか知らない。東京の大学に出てからはすっかり疎遠になっている状態だ。地元に帰る時は連絡して会う友人グループもあったが、その一人の結婚式に招待されるも行かず、それ以来何となく連絡するのが気まずくなっている。相手も新婚生活を満喫しているから、私の連絡なんて気にしていないだろう!と思っているが、その他の友人にも全く連絡をしていないし、あっちからも連絡は来ない。そういう意味では地元を捨てたと言われても仕方がない。
久しぶりに帰ってきた弘前は知らない店が増え、道が綺麗になり、何だか知らない場所になっていた。もう私の知る地元じゃないんだな……とちょっと寂しさも覚える。出ていったくせに、勝手な奴だと思う。私だけど。
駅からバスに乗り、10分もしないうちに実家の前に着いた。
車2台置ける駐車場付きの一軒家。立派とは言えないが、東京じゃお金持ちじゃないと買えないクラスのお家だ。
前見た時はもう少し汚かった気がしたが、綺麗になっている。鍵を使い、ドアを開けるとそこはもう私の知らない家だった。本当にリフォームしている。実家にいた時は、「節約しなさい」、「あーもう今月厳しいんだから」と母親に怒られたこともあり、うちは貧乏というわけではないけど、そんなに裕福ではないんだなーと思っていたが、実際の所は何だかんだ稼いでいるのだと実感する。十分に裕福な家だ。文句も言わず、私を東京の大学に行かせてくれたのだ。私は恵まれているのだ。両親に感謝すべきなのだ。
それなのに、私は……あーもう気を抜くと、一人になると暗い気持ちになりがちだ。さっさと用事を済ませて、父親が帰ってくるまでゴロゴロしていよう。
「はたして、母親の部屋はどの部屋なのか」
リフォームされ、私のこの家での記憶はリセットされている。部屋の数は、佐久間家みたいに豪邸ではないので、しらみつぶしにあたればわかるのだが、少し億劫だ。まぁ時間はある。端から開けていこう。
1番端の部屋は、物置だった。というかここに住んでいない私の部屋だった。私の部屋にあった物が段ボールに入れられ、この部屋に追いやられている。私は今日この部屋に布団を敷き、寝なくてはいけないのだろうか……うん、次の部屋に行こう。
隣の部屋は父親の部屋だった。趣味の釣り竿や、各地のお土産グッズが置いてある。人の部屋を漁るのは失礼なので、さっさと退散する。
次の部屋の扉を開ける。
「ここかなー」
質素な部屋だった。大きな棚や、衣装ケースがある。母は食べることや世間話が好きだが、これといった特定の趣味があるわけではない。しいて言えば健康ぐらいか?健康グッズを買ってはすぐ飽き、捨てていたのを思い出す。
さて、母から頼まれていた着替えを見繕うか。衣装ケースに近づき、手を伸ばす。ふと横の棚を見る。DVDなどが置いてあった。何とも思わず衣装ケースに手を伸ばす。手が止まる。目線を急いで戻す。
「あれ?」
母親の部屋に似つかわしくないものがあった。
手に取る。
アニメのDVDだった。それもただのアニメのDVDではない。
「空飛びの少女だ……」
『空飛びの少女』が全巻揃っていた。
そして『空飛びの少女』だけではなかった。他にも違う作品のアニメのDVDがある。何でこんなところにあるんだ。『シロクロサマー』、『ハルの訪れ』、『カワイイ私のセカイ』、『失恋エクスペリエンス』……、全部知っているアニメ作品だった。
それもそのはずだ。
だって、それは全部私が出演した作品なのだから。
「ははは……」
思わず笑ってしまい、力が抜け、その場に座る。
何で揃っているんだ。途中で退場したキャラの作品まで律儀に全巻揃っている。笑ってしまう。だってあの人は私の仕事を、声優という職業を毛嫌いしていたのではないか。早く結婚してほしい、孫が見たい、私に人並の幸せを手にしてほしい。そう願っていたのではないか。私にずっとプレッシャーを与えたのではないか。
なのに、どうして私の出たアニメの作品が母親の部屋になんかあるのだ。私が送ったわけではない。反対している母親に送るはずがない。親戚の叔父さんや、叔母さんが送ってくれたのだろうか。数巻あるだけならその可能性もあっただろうが、隈なく揃っているのだ。アニメのDVDはけして安くない。そんな律儀な人はいないだろう。
「……わかっているんだ」
そう、わかっている。1番簡単な結論。父親の部屋ではなく、リビングではなく、母親の部屋に私の出演作が揃っている意味。
母親がわざわざ集めたのだ。私の出ている作品をコレクションした。それもつい最近認めたわけではない。1作目からきちんとあった。それはずっと前から認めていたという事実。
「ははは……」
可笑しい。笑ってしまう。あの母親が、私の敵だった母が、私の声優の仕事を応援していた。
目が潤む。泣いてはいけない。今は泣く資格はない。でも嬉しい。嬉しくて気持ちが止まらない。
その嬉しさに自分の気持ちに気づく。
認めて欲しかったんだ。認められたかった。母親に反対されたくなかった。応援してほしかった。声優として輝いている私を見て欲しかった。普通の、人並の幸せなんていらない。親不孝者でも、それでも私は自分の、自分だけの幸せをつかみたかった。声の仕事をしている私はどうしようもなく幸せで、どんな仕事よりも生き生きとしていた。私を見て欲しかった。
見ていた。声優の私を母親は見てくれていたんだ。
言葉では何も言ってくれてはいない。でもこの部屋を、この棚を見ただけで伝わる。言葉以上に色々なものを伝えてくれた。
私は青森に帰ってきて初めて笑顔を浮かべた。
「出前を承諾したのは、お父さんだがな」
「はい」
「ピザはどうかと思うぞ、奏絵」
「……はい、その通りですね」
晴れた気持ちでついついピザパーティーだとウカれてしまった1時間前の私を怒りたい。でも、たまに食べるピザって凄く美味しいんだ。
「すみません、責任を持って全部食べるから」
「食べないとは言っていないが」
それにウカれている場合ではない。
「お父さん」
「……なんだ改まって。結婚でもするのか」
「いや、しないけど。悪いけど、今日帰るよ」
「泊まっていかないのか」
「どうしても会わないといけない人がいるんだ」
父親が眉をひそめる。
「男か」
「違うけど」
即答するも、素直に信じてくれない。
「そうか……本当か?本当に男じゃないのか?」
「本当だよ。女の子」
「うむ」
安心したのか、信じていないのかよくわからない顔だ。
「会っても解決するかわからないし、もっと傷つけちゃうかもしれない」
「うむ」
「でもここに留まっていちゃいけないのは確かなんだ」
「うむ」
「これっきりにしちゃいけないんだ!」
父親には何のことを話しているかさっぱりだろう。それでも父親は納得したのか、頷き、快く送り出す。
「わかった、早く東京に帰れ」
「うん、ありがとう」
そして私は言葉を繰り返す。
「ありがとう、お父さん」
「さっきも聞いた」
「さっきとは違う意味だよ。それにお母さんにも言っといてね」
「うむ」
色々な気持ちを込めたありがとう。そして、私は宣言する。
「私は東京で生きていく。青森には帰らない。声優として頑張るから」
「わかっているよ、お母さんは」
30歳近くになっても、父親、母親にとって私はいつでも子供だ。この人たちを飛び越えることはできない。否定しながらも、見守ってくれているし、密かに応援してくれている。
私はとびっきりの笑顔を浮かべ、告げる。
「うん、知っているよ。えへへ、もっと大きな棚を準備しといてね」
次はラジオCDを収納できるように。
「いつか紹介するからね。一緒にラジオをしている、私の大好きなパートナーを。いつか青森に連れてくるから」
すべてが解決したら、きっと。いつか私の育った地元に、私を応援してくれる二人の元に。
「……本当に男じゃないんだよな、奏絵?」
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