第16章 アオノ願い、赤色のセカイ

第16章 アオノ願い、赤色のセカイ①

 理由?飛ぶのに理由がいるの?

 勝つため、国のため、人々のため、仲間のため、家族のため。

 違う。全部違う。理由なんていらない。

 私が飛びたいから、飛ぶ。ただそれだけだよ。


 でもね、理由とは違うかな、最近は違う意味でも飛んでいると思うんだ。

 それはね――


 君と同じ景色が見たい、からかな。




 落ち着かない気持ちのまま、始発で地下鉄に乗り、東京駅から新幹線に乗った。全席指定席のシュッとしたエメラルドグリーンのはやぶさ。割高だが、これに乗るのが1番早い。約3時間で辿り着く。青森もぐっと近くなったものだ。


 母親が倒れて、病院に運ばれた……らしい。

 父親からは「早く戻ってこい」と言われただけで、詳しいことは何も教えられていない。いつも冷静で寡黙な父親が電話越しだったが、慌てふためいていた。父親が頼りにならない状況なので、命には別状ないと思うが、ともかく行って確かめるしかない。

 ただ、正直言って母親のことだけを心配していられる精神状況ではない。

 昨日、私は稀莉ちゃんを泣かしてしまった。彼女を傷つけた。憎まれ役を買って出たのだから、彼女に恨まれ、怒られ、軽蔑されることは想定していた。けれどそれは甘かった。悲しい顔をした稀莉ちゃんを見ることになるなんて想像すらしていなかった。

 彼女は強かった。17歳と思えないほどに、仕事に真摯に向き合い、私に真正面からぶつかり、妥協しない子で、私なんかよりよっぽど大人だった。でも泣かれてやっと気づく。中身は普通の17歳の女の子なのだ。年相応に悲しいことがあれば泣くし、迷う。

 彼女に『空音』に選ばれたと伝える。それは私にしかできない役目だった。私も被害者なのだ、仕方がない……という言葉では片付けられない。

 じゃあどうすれば良かった?事務所の人に言ってもらえば良かった?このまま黙っていれば良かった?私がもっと抵抗すれば良かった?

 空は何も教えてくれない。


「はぁ……」


 早く通り過ぎる窓の外の風景を見ながら、ため息をつく。

 たらればを話しても意味が無い。

 家でふさぎ込むより、無理やりでも外に出て移動している方が結果的には良かったのかもしれない。ただ問題もある。

 母親のことは心配であるが、けして仲が良いわけではない。別に嫌いなわけではないが、鬱陶しいという表現が一番近いだろうか。突然電話が来ては「結婚はいつだ」、「孫がみたい」、「いつまで声優の仕事を続けるのか」、「地元には帰って来ないのか」など、母親の口から出てくる言葉は決まって文句ばかりだった。

 母親なりの心配だと、今はそれなりに理解している。けれど声優の仕事が上手くいっていないときの私は、母親のプレッシャーが心底嫌で、大きなダメージを受けていた。

 今日も会ったら、同じプレシャーを受けるのだろうか。そう思うと億劫な気持ちになるのであった。




「やあね、大げさなのよ、お父さんは」


 新青森駅からタクシーを飛ばしてもらい、病院に行く。病室にはベッドの上で元気に話す母親がいた。


「久しぶりじゃない、奏絵。少し痩せた?」

「どうも、心配して損した」


 そうは言いながら安心した自分もいる。足にぐるぐる巻かれた包帯を見ると、何もなかったとは言えないが、命に別状はない。

 凍った路面を滑って転倒し、足にヒビが入り、大事を持って入院させたとのことだった。3日後には退院するとのことで、わざわざ駆けつけるまでもなかった、と言わざるを得ない。

 そして病室には見知った人がもう一人いる。


「こら、奏絵。そういうこと言うな。当たりどころが悪かったら危なかったんだぞ」

「もうお父さんったら、大慌てで救急車を呼んじゃってねー。奏絵にも見せてあげたかったわ、お父さんが大慌てで面白かったのよ」

「そ、それは母さんが心配で」

「あらまー」

「まぁ無事で良かったよ」


 病室にて、父親、母親、私と家族大集合である。何だこれ。まぁいい。東京での問題は何も解決していないけど、少し冷静になれた気がする。


「じゃあ、今日の新幹線で帰るよ」

「待ちなさい、奏絵。今日は実家に泊まっていきなさい」

「正月にまた帰ってくるからさ」

「そういっていつも帰って来ないじゃない」

「そんなこと」

 

 と思ったが、今年の正月も帰らず、去年の正月も帰っていなかった。故郷に帰ってきたのは3年ぶりだろうか?確かに久しぶりの青森の大地だった。

 大学生の時は毎年帰っていた。卒業してからも何回か帰っていた。

 けど、いつからか故郷に戻るのが億劫になった。

 理由としては金銭的な面もあるが、それだけではない。

 母親に反対された声優になったという負い目。両親にお金を出してもらい、東京の大学に行ったのに、大学での勉強は何も生かさず、声優の道へ行ったのだ。もちろん事務所に所属する前に相談もしたが、母親はいつも反対していた。父親からの説得もあり、在学中に声優の仕事は許可してもらったが、あくまでそれは学生の間のことだけだった。大学の卒業時には何も相談していない。無理やりそのままでいることを通したのだ。『空音』という主役を盾に、私はこれからもやっていけると自信満々に。


「実家に寄っていきなさい」

「東京に戻らないといけないんだけど」

「お父さん一人だと心配なのよ。ご飯もつくれないし」

「私も料理できないよ」

「知っているわよ。あんたなら出前を取ることぐらいはできるでしょ?」


 父親でも注文ぐらいすることはできる。と思うのだけれども文句は口にしない。けして料理ができないという弱みを突かれたからではない。


「後、私の部屋から着替えを用意してほしいの。お父さんじゃ、さっぱりわからないと思うから、あんたにお願い。お父さんに渡してくれればいいから」

「……1日だけだよ」

「お父さんはもう少しここにいるから。先に帰っていなさい」


 父親から鍵を手渡される。私が持っていた鍵とは違った形状をしていた。いつの間に実家をリフォームをしたんだよ、おい。

 不本意ながら、3年ぶりの実家への帰宅となったのであった。

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