第15章 アフターグロウ⑤

 『空音』は枷で、重荷だった。

 彼女を演じなかったらと何度も思った。少しずつ力をつけて、立派な声優になっていく。そんな道もあったはずだ。最初にして頂点を知ってしまったのだ。

 『空音』は迷惑な奴だ。演じ終わった後も、その存在を無視できないほどに大きいい。何処にいっても彼女は私にまとわりつく。


 でも、知っている。私は心の底から『空音』のことが大好きで、そんな『空音』を演じた『私』のことも愛していると。


× × ×

 11月に入り、1週間が経っていた。今日は『これっきりラジオ』の収録の日で、ゲストが来ることになっていた。


「遅いわねー」

「そうだね、稀莉ちゃん」


 笑顔の仮面を貼り付け、言葉を交わす。電車の遅延に巻き込まれ、遅れているとのことだった。スタッフが持ってきたドーナッツも食べて終えてしまい、手持ち無沙汰になる。

 この時間が気まずい。


「空飛びの少女は何クールやるのかなー、よしおかんは聞いてないの?」


 普段なら何も思わない、仕事の話。でも、今の私には毒だった。


「わかんないかなー。それよりさ、稀莉ちゃんは今日のゲストの大滝さんと仕事一緒にしたことある?」

「えっ、あ、うん。何度かあるけど、一緒のレギュラーだったことはないかな」


 『空飛びの少女』の話をされるが、露骨に逸らす。


「そうなんだね、私も何度か話したことがあって本当に楽しい人なんだよー」


 ニコニコ。つくられた笑顔を晒し、闇を奥に隠す。


「あの、どうかし」

「すみませーん、お待たしました!大滝です!咲良です!今は汗が滝のように流れていてすみません!そうです、隣駅から走ってきました!」


 ワハハと笑いが起こる。いい所に来てくれた。ゲストの大滝咲良さんも来たので、早速ラジオの打ち合わせが始まる。

 ありがたい。仕事に集中していれば、考えずに済む。

 今はただ心の奥にしまい込む。後で取り出せばいい。この場には必要ない。


***

奏絵「今日は素敵なゲストが来ていますー」

稀莉「どうぞー」


咲良「ラジオ番組『まことにさくらん!』から華麗に参上!ビッグな滝登るぜ、桜サクサク、さくらんワハハ、大滝咲良!どうも、宜しくぅー!」


奏絵「ようこそ、これっきりラジオへー」

稀莉「さっそく何よ、その自己紹介!」

咲良「ユーにはないのかい、かっこいい自己紹介ネタ。それじゃ高みまでたどり着けないぜ」

稀莉「え、たどり着く?」


奏絵「あなたの願い、かなえます!おかんじゃないよ、よしおかん。どうも、吉岡奏絵でーす、よろしくっ!」


稀莉「そんな挨拶始めて聞いたんだけど!?」

咲良「自分でよしおかん発言、草なんだよなー」

奏絵「はい、稀莉ちゃんの番」

稀莉「やらないわよ!?」

咲良・奏絵「「えー」」

稀莉「ハモるな!」

奏絵「見たいよね、さくらん」

咲良「ええ、もちろんですわ、よしおかんお姉さま」

奏絵「おかんなのにお姉さまとはこれいかに」

稀莉「何なの、これ……」

奏絵「じゃあ、ここは私たちが考えちゃいましょうかー」

咲良「いいね、めっちゃ可愛いの考えようぜ」

稀莉「わかったわよ!!自分でやればいいんでしょ!?」

咲良「お、稀莉様のカッコいい所見れるぞー」

奏絵「やったれー、稀莉ちゃんー」

稀莉「めっちゃやりづらいんだけど」


稀莉「とびっきりの、これっきりの時間あげるよ♪佐久間稀莉です、バッキューン」


咲良「うぉー、撃たれた、ハートぶち抜かれた」

奏絵「さすがかわいい、あざとい」

咲良「とびっきりの、これっきりの時間とは詳しく」

稀莉「もう、自己紹介はいいでしょ!うるさい二人ね」


咲良「改めまして、どもどもー。オタクによるオタク満喫ラジオ『まことにさくらん!』で篠塚真琴と一緒にパーソナリティをしています、大滝咲良です。気軽に『さくらん』で宜しくー」

奏絵「パチパチ」

咲良「いやー、まいったね。二人ともやべー奴って聞いていたのに、いざ会ってみたらもっとやべー奴らだったわ」

稀莉「ひどいオタクの人に言われたくない!」

咲良「だって、やっているコーナーのこと聞いたんですよ。まず1つが」


奏絵「よしおかんに報告だー!」


咲良「自分でおかんって言っちゃうの草」

奏絵「まぁ、でもこのコーナーはリスナーの相談を受けたり、近況報告したりするコーナーだから比較的まともなんですよ……」

稀莉「劇団・空想学もよくある、お題に基づく即興劇だから、ありがちっちゃありがちなコーナーよね」

咲良「ナイトプール回はカオスでしたな」

奏絵「えっ、そんな前の回も覚えているの?」

稀莉「うぅ、あれはかなり失敗したのよね。ナマハゲにゾンビに……今思い出しても意味がわからないわ」

奏絵「ちなみにさくらんは今年の夏、ナイトプールに行った?」

咲良「行くわけないやろー。映え映えに興味はない!」

奏絵「だよねー」

咲良「でも、写真を撮るためにバッチリ化粧してきたリア充たちを浮き輪から落として化けの皮を剥がしたい、私はそんなオタクになりたい」

稀莉「このオタク怖っ!」

奏絵「触らぬオタクに祟りなし」

咲良「泣く子はいねーが」

稀莉「ナマハゲを思い出させるなー!」


咲良「で、一番意味不で、頭可笑しいのはこれっすよ」

奏絵「稀莉ちゃんの願い、かなえたい!のコーナーですよね」

咲良「佐久間稀莉が吉岡奏絵と結ばれるためにって、大草原っすわ。何?ここに塔を建てちゃうの?」

稀莉「今、1番お便りが来るコーナーなのよ」

咲良「リスナーもリスナーですな!」

奏絵「いや、本当に終わりにしてもいいんですよ?」

咲良「ダミーヘッド回はあかんかったね。きりりの反応が極まったオタクだった」

稀莉「ダミヘはやばい。本当にやばい。ぜひCD化すべきよ」

咲良「3枚予約した!」

稀莉「10枚!」

奏絵「張り合わない!販売しないからな!?フラグでもなんでもないから!」

咲良「愛してるよゲームは、尊すぎた……。何あのイチャイチャ空間」

稀莉「最高だったわ……」

奏絵「思い出に浸らないで稀莉ちゃん!」

咲良「よし、今回もやっちゃう!?私とよしおかんで」

奏絵「やっちゃうの!?」

稀莉「浮気は許さないわ!!」

咲良「ヒヒヒ」

奏絵「笑いすぎ、ニヤつきすぎ!浮き輪ならOK?」

咲良「はーーーー、ハハハ、ツラい、ツラい、限界ー、はははは」

稀莉「あのーお腹抱えて大丈夫かしら?」

奏絵「笑いのツボ入っちゃった?」

***

 今日の収録はゲストがいて本当に助かった。それも明るいオタクのさくらんだ。彼女の持ち前の明るさに救われた。いなかったら、きっと私は笑えなかった。

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