第15章 アフターグロウ

第15章 アフターグロウ①

 『空飛びの少女』が再度、アニメ化。

 予想だにしない朗報だった。

 2期はとうの昔に諦めていた。ストックに余裕があるにも関わらず、イベントでは2期の発表もなく、原作が完結しても何もアニメの動きはなかった。OVAすら出ていない。時期を逃したのだ。私にとって『空音』は過去の亡霊となっていた。

 それなのに、6年たった今になって再度アニメ化。今さらだ。今さらすぎる。もう原作は完結していて、アニメ化ブーストをかける意味はない。外伝でも出すのだろうか、または表紙だけ新しくして再発売でもするのだろうか。原作方面で動きがないのに、アニメ化とは考えづらい。

 もしくはアニメ会社側のプッシュ。アニメ化したいと思える原作が尽き、昔売れた作品を掘り起こした。大ヒットした1期ほど、今は売れるかはわからない。けれどもある程度の顧客は望める。誰も見向きもしないということはないだろう。あの時学生だった人が社会人になり、お金を稼いでいる。つい懐かしさでグッズやディスクを買ってくれるかもしれない。

 けれども、結局のところどうでもいいのだ。2期をやる理由など私には関係ない。また空音になれる。それだけが大事で、それ以外気にすることはない。

 あの頃の私の演技はできるのだろうか。DVDを見直すべきだろうか。あの頃は本当に下手で見直したくないんだよな……。初々しかったあの時の演技を求められたどうしよう。再現可能だろうか。できるなら成長した私を見せつけたいところだが。

 まぁ、そんな心配など、後で悩めばいい。 


***

奏絵「もうすぐハロウィンだね」

稀莉「正直、どうでもいい」

奏絵「ですよねー。クリスマスみたいにプレゼント交換をするでもなく、バレンタインデーみたいにチョコをあげるわけでもない。お菓子を配るっていうのも何かピンとこないよね」

稀莉「そう、何をしたらいいのか不明なのよ。で、関係なくコスプレで盛り上がる人が多い」

奏絵「この時期の渋谷は通りたくないねー」

稀莉「私はやろうと思わないけど、仮装するのは別にいいのよ。でも普通の人がいる街中でやってほしくない。こっちは仕事で急いでいるのに、騒いでいるとイラっとくるのよ」

奏絵「わかる!仮装は楽しそうだなーと温かい目で見れるけど、どんちゃん騒ぎするのはちょっと違うかなーって思う。何処か会場を貸し切ってやってほしい」

稀莉「そうよ、関係ない人に迷惑かけるなーと思うわ。リスナーの皆は迷惑かけるんじゃないわよ」

奏絵「大丈夫、うちのリスナーはウェーイな人種は少ないよ、きっと」

稀莉「どうかしらね」

奏絵「仮装はしないって言ったけど、してみたいコスプレって何かある?」

稀莉「ない!」

奏絵「即答!何かあるでしょ、メイドとかナースとかチャイナ服とか」

稀莉「別にないわよ。やってみたい役ならあるけど、自分が着飾るのは嫌。あっ、でもよしおかんがメイド服着るのはありね」

奏絵「やらないからね!?需要ないよ!?」

稀莉「あるって。または学校の制服着て欲しいかも」

奏絵「いかがわしい感じになるからね!?」


稀莉「そういえば、仮装といえば最近別の仮想を体験したわね」

奏絵「仮装じゃなくて、仮想ね。言葉にするとわかりづらいな、いわゆるVRを体験してきました」

稀莉「新宿のVR施設に一緒に行ったの」

奏絵「初めてのVRだったけど、迫力が凄かったね。ただ飛び出てくる!だけじゃなくて、立体感があって、本当にそこにいるかのような感覚になるんだ」

稀莉「レースで負けたのは悔しかったわ」

奏絵「でも私は戦闘機での撃墜数負けました。稀莉ちゃん上手いんだよ、どんどん墜としてねー、エースパイロットを名乗っていいよ」

稀莉「名乗らないわよ。よしおかんが下手なの」

奏絵「なにー!ふふ、稀莉ちゃんホラーゲームで凄く怖がっていてですね」

稀莉「その話はなし、なしなんだから!」

***


 ラジオの収録後、二人で話す内容はもちろん決まっている。


「続きだと騎士団反逆編やるわよね!」

「空音が騎士団のあり方に疑問を持ち、歯向かうのは最高に熱い!」

「そうそう、かつての仲間との対決は涙なしには見られないわ!空音が勝ったのに素直に喜べないの、もうずるい。作者は天才か」

「戦闘機故障からの無人島回もいいよね」

「あー、わかる。いつも強がっている空音が弱音を吐くのがいいの」

「うんうん、空音も女の子なんだなーと思うよね」

「でも、空音の成長も好きなのよね。亡くなった仲間の分まで懸命に頑張る空音はカッコいい」

「でもでも、その危うさに私は心配になっちゃうな。いいんだよ、一人でやろうとしなくて、あなただけの責任じゃないよって」


 話題は「空飛びの少女」の再アニメ化についてだ。大ファンの稀莉ちゃんと、空音を演じ、その後も2期が来ると信じ、原作を読み込んでいた私だ。話が尽きるはずがない。


「6年よ、6年も待たされたの!」

「いやー、まさかだよね。今になって続編つくるとは」

「あんた、演技忘れてないわよね?」

「大丈夫、空音にお任せ!」

「ちょっとトーン違うわよ、もっと低めだったわ」

「え、本当。ごほん、ごほん。稀莉ちゃん、私が空音さ」

「さらに離れた気がする」

「えー、ちゃんと練習しなきゃ……」

「下手な演技見せて、代えられないようにしなさいね」

「うー、気をつけます……」

「で、この後なんだけど」


 収録は終わり、時間はまだ16時だ。彼女の門限までかなり余裕がある。


「まだ話し足りないよね?」

「わかっているじゃない、よしおかん。まだまだ語りつくすわよ」


 やれやれ、これは長くなりそうだ。門限を破らないように私が気をつけてあげないと。


「何処行こうか」

「どこでもいいわよ!ファミレスでも、ファーストフードでも、カラオケでも」

「うーん、喫茶店は違うか。じゃあファミレスにしようか」

「うん!」


 さぁ移動しようと思った矢先、私の携帯電話が音を鳴らす。「誰だろう?」と画面を確認すると、珍しく事務所からの電話だった。


「ごめん、事務所から。ちょっと出るね」


 彼女から少し距離をとり、電話に出る。出たのはマネージャーの片山君だった。


『吉岡さん、こんばんはーっす。今大丈夫っすか』

「ちょうど収録が終わったところなので大丈夫です」


 久しぶりに片山君と話した気がする。あれ、彼、私のマネージャーだよね?


「で、どうしましたか?オーディションの結果ですか?」

『ボスが呼んでるっす』

「ボ、ボス?えーっと、誰ですか、それ」

『ボスはボスっすよ。社長っす』

「えっ、社長?」


 用件を聞き終え、電話を切り、待っている稀莉ちゃんの元に戻る。

 

「稀莉ちゃん、申し訳ない!事務所から戻って来てくれないかって言われちゃって」

「うーん、しょうがないわよね。また別の日にしましょう。私もしっかりと復習してくるから」

「わかった、ごめんね。じゃあまた連絡するね」


 そう言って、彼女と別れたのであった。お留守番の子犬のように寂しい表情をしていたが、仕方がない。

 社長からか……私、何かやらかした?思い当たるのは稀莉ちゃんとの関係か。「おい、吉岡。マジで付き合っているんじゃないよな?」と言われた日にはどうすればいいのか。真剣に悩み、答えを出す!と決断したのに、事務所からの意向を優先されたら私はどうしようもない。

 何にせよ、事務所に行って話を聞かなければわからないことだった。

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