第14章 虚空リフレイン⑥

「ひょえー」

「くそー、抜かされた!待ちなさい、奏絵」

「あ、痛っ。甲羅が当たったんだけど」

「よし、キノコでダッシュ……って落ちたー」

「喰われるっ、花に喰われ、あ、やられた……」

「1位、このまま1位で行くわよ」

「よしきたスターだ」

「え、抜かれ、うわあああ、負けたあぁぁ」

「残念だったね、稀莉ちゃん。運転免許持っているお姉さんには勝てないね」

「うー悔しい!」


 ゴーグルを係のお姉さんに外してもらい、リアルの世界に戻る。すっかりレースゲームに夢中になってしまった。会話は全てこのお姉さんに聞かれていたんだよな……。恥ずかしいが、お姉さんも慣れっこだろう。

 ゴーグルをかけるとゲームの世界に入り込み、夢中になり、周りが見えなくなる。初めて体験したが、VRって凄い技術だなと感心させられる。

 VRは、「virtual reality」と呼ばれる。コンピュータでつくられた三次元空間を視覚、その他の感覚を通じ疑似体験できるようにした技術で、仮想現実ともいわれるものだ。なるほど、確かに実際に運転している気分を味わえるし、物が飛び出てくるとビクッとしてしまうほどリアルだ。

 ここはそんなVRが体験できるエンターテインメント施設「VR DONE」だ。VRがドーン!と出てくるから、VR DONE。大きな施設で2階建て、1000坪以上の面積があるとのこと。都内でこの規模の施設はかなりお金がかかっているだろう。さらにVRの機械がただ置いてあるだけでなく、施設内の雰囲気づくりや、アトラクションの装置などもしっかりしており、よりゲームの世界に没入できる工夫がされている。


「さぁ、次のアトラクションに行くわよ」

「待ってよ、稀莉ちゃんー」


 そう、私たちは「デート」として、ここ「VR DONE」に訪れていた。

 話は少し遡る。





「さあ、着いたわよ奏絵」


 駅で待ち合わせをし、歩くこと数分。繁華街を抜けるとそこには大きな施設があった。

 

「ここって?」

「噂のVR施設よ」

「あーあ、ここがそうなんだ!」

「そうよ」

「けっこう賑わっているね。混んでいる」

「チケットは予約済みよ」

「さすが稀莉ちゃん」


 準備万端だ。って、そういうことじゃなくて、 


「えっ、ここがデート場所なの?」

「そうよ、あんたゲーム好きでしょ?」

「確かに好きだけど……」


 やっているゲームのほとんどがギャルゲーだとは言えない。ラジオで何回かギャルゲーの話をしたから、稀莉ちゃんは私をゲーマーだと思い込んだのだろう。学生で実家にいた時は、親はゲーム機を買ってくれなかったし、放課後ゲームセンターに入り浸るってこともなかったしな……。ゲーム大好きっ子です!というわけではない。勘違いさせてしまった。

 けれども、アトラクションは大好きだし、それにVRを一度体験したかった想いもある。VRでどういう風に見えるか興味があり、一度訪れてみたいと思っていた場所だ。何より稀莉ちゃんが、私のことを考えてデート場所を考えてくれたことが嬉しい。

 普通なら、ショッピングや映画といった気軽なものから、少し遠出して動物園や水族館、遊園地といったものが定番だろう。女子高生で「じゃあ、VRしにいこう!」とは選択肢としてなかなか出てこない。わざわざ雑誌やネットで調べたのかな。それとも誰かに相談して?何にせよ嬉しい。心は弾む。


「ありがとう、楽しみだね!」

「もちろん楽しむわよ」


 彼女が携帯を取り出し、QRコードを表示させる。このQRコードを見せて、窓口でアトラクションのチケットを交換するらしい。便利な時代だ。事前に決済も済んでいる。

 こうして私たちは、仮想現実の世界に旅立ったのであった。





「……」

「怖かった?」

 

 彼女がコクリと頷く。

 VRホラーを経験し、目が少し涙目だ。


「ゾンビが襲ってくるとか無理!」

「きゃーって叫んでいたね」

「何であんたは叫ばないのよ!」

「いやー、よくできているなって感心しちゃって」

 

 ゴーグルかける前は「こんなの平気よ。学園祭のお化け屋敷レベルよ」と強がっていた稀莉ちゃんだったが、いざゴーグルをかけ、ゲームがスタートすると「無理、無理、無理」と言い始め、ゾンビなどが出てくると「きゃーーー」と悲鳴をあげ、開始1分でリタイアとなった。


「リアルな病院だったね。ちゃんと医療器具もあってさ」

「何でそんな細かいところ見ているのよ」

「えー、気になるじゃん。細部までこだわっているっと凄いなーと思うじゃん」

「そんな余裕ないわよ」


 口は復活しているが、まだ足は竦んでいるみたいだ。


「えいっ」

「きゅ、急に何よ!」


 彼女の左手を掴み、しっかりと手を繋ぐ。


「これで怖くないでしょ?」

「ちゃんと言ってから繋ぎなさいよ。びっくりするじゃん」


 言えば繋いでいいってことか、いやいや。

 ……深くは考えない。彼女が元気になったようなので次のアトラクションへ。


「あとは何を体験しようか。波動でも撃つ?」

「私、そのアニメ見ていないのよね」

「国民的アニメを!?と言っても、私も実はそんなに詳しくない」

「でしょー」

「じゃあ何をしましょうか、お嬢様」

「あれにしましょう」

「あれ?」


 彼女が指さした先は、戦闘機に乗るVRだった。


「いいね、空飛びの少女っぽい」

「そうそう、空音の気分を味わえると思うの!」

「さすがファン」

「うるさい、空音の中の人」


 操縦席が4台横に並んで置いてある。両手にはそれぞれ操縦レバーがあり、ボタンで攻撃できるようになっている。

 ゲームの趣旨としては、目的地までいかに敵戦闘機を倒すかで競うものとのことだ。操縦席は上下左右にぐらんぐらん動いており、乗り物酔いする人には向かなそう。

 お姉さんに案内され、私たちの順番となる。


「ドキドキするわね」

「そうだね、稀莉ちゃん」


 ゴーグルを被り、視界は真っ暗になる。音声が聞こえ始め、指令から今回の任務を聞かされる。


『Have,nice,flight』


 アナウンスの声と同時にハッチが開き、戦闘機が加速し出す。

 そして、


「わー、凄い!」


 空へと飛び立つ。

 光りが眩しいと思ったら、雲に突っ込み、急に暗くなる。雲を突き抜けると、青空が広がり、下には海が見える。

 レバーを傾けると、機体も傾き、景色も一緒に動く。


「空を飛んでいるんだ……」


 気持ちいい。経験したことのない感情だ。

 何処までも自由で、束縛がなくて、美しい青に挟まれる。

 空音もこんな気持ちで飛んでいたのかな。


『何、ぼーっとしているのよ。敵来ているわよ』


 忘れていた、これは敵を倒すためのゲームだ。純粋に空を楽しんで飛ぶアトラクションではない。

 ボタンを押すと弾が発射され、敵戦闘機が火を上げる。敵戦闘機はバランスを失い、そのまま空から堕ちる。落下方向を見ると、海に突っ込み、消えてなくなってしまった。ボタン1つであっけないな……。

 ゲームだからいいけど、本当はあっちにも人が乗っているんだよな。空音はどんな気持ちで撃っていたのだろう。空音も大変だ。純粋に飛べるなら楽しいが、戦闘となると話は別。命がけの戦いとなる。

 ねえ、空音。あなたは何で空を飛ぶことを選んだの?


 稀莉ちゃんとの撃墜数対決は、4対22の惨敗だった。

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