第14章 虚空リフレイン⑤

***

奏絵「で、これは何でしょうか」

稀莉「ダミーヘッドマイクよ」

奏絵「あーこれがダミヘというものか~」

稀莉「そう、これがあれば臨場感のある立体音響を届けることができるの!」

奏絵「へー、何々、バイノーラル録音っていうみたいですね。イヤホン、ヘッドフォンで聞くことが必須だそうです。右耳、左耳できちんと音が分かれるのだと、凄い!」

稀莉「さぁ、やるわよ。早くやりなさい、よしおかん!」

奏絵「待って、待って、まだよくわかってないんだから」

稀莉「ヘッドフォンは装着したわ」

奏絵「気が早い!もう仕方ないな……。ともかくこの顔のマイクに喋ればいいんだね」

稀莉「わくわく」


奏絵「えーっと、植島さん何処まで近づいていいんですか?本当に耳元で囁くぐらい近づいてオッケー?このモアイ顔のマイクに近づくのはちょっと抵抗あるなー、よしっと」


奏絵『稀莉、ちゃん』

稀莉「ふにゃああああああ」


奏絵「え、どうしたの稀莉ちゃん、机に突っ伏して」

稀莉「やばい、これヤバい。奏絵の声が耳元で聞こえて耐えられない」

奏絵「えーっと続けていいんだよね?まだ全然喋ってないよ」


奏絵『今日も可愛いね。ふふ、サラサラな髪だ』

稀莉「プルプル」

奏絵『稀莉君、今日は大事な話があるんだ、聞いてくれるかな』

稀莉「ん、うん」

奏絵『ふーーー』

稀莉「ふにゃああああああああああ」

奏絵『ふーーーーー』

稀莉「やめてええええええ」


奏絵「ごめん、ちょっと楽しくなってきた。じゃあ、次は左耳に」

稀莉「無理、無理。これ無理」

奏絵『稀莉君、最近冷たいよね。寂しいな』

稀莉「そんなことない……」

奏絵『私はこんなに稀莉君のこと、想っているのに』

稀莉「ふにゃああああ」

奏絵『あれ、稀莉君、顔伏せてどうしたの?寝ちゃった?もっとお喋りしようよ。ふふ、す・き』

稀莉「ふ、ふ、にゃ、にゃ」

奏絵『好きだよ、稀莉君』

稀莉「ふにゃあああああああああああああああ……」


奏絵「はいはい、終了!だ、大丈夫、稀莉ちゃん?」

稀莉「……あかん」

奏絵「何故、関西弁!」

稀莉「耳が蕩けそうだった……。奏絵がいた。奏絵が耳元で囁いていた。破壊力半端ない。ダミヘ凄い……」

奏絵「稀莉ちゃん、よだれ垂れている!ちょっとお見せできない顔になっているよ。はい、タオル」

稀莉「奪われちゃった……」

奏絵「語弊のある言い方するなー!よだれ吹くよ、ごしごし」

稀莉「あ、ありがとう」

奏絵「そんなに凄いんだね、稀莉ちゃんずっと大声で反応していたよ」

稀莉「植島さん、よしおかんの声だけ抽出した音源くれないですか?」

奏絵「あげなくていいよ!おい、商品化しようかとか言い出すな!」

稀莉「リスナーさん、ダミヘ収録CD商品化希望のお便り待っています」

奏絵「君たち、送ってくるんじゃないぞ!これはフリじゃないから!!」

***


「ヤバかった」


 1本目の収録が終わって、稀莉ちゃんが一言、そう述べる。

 

「そんなに凄いんだね」

「あんたもやればわかるわよ、やってみなさい」

「えー、私はいいよ」

「いいから、まだ時間はあるわよね、植島さん?」


 植島さんが指で〇をつくる。これはやる流れか、仕方ない。


「えーと、私はヘッドフォンを装着していればいいんだね」

「うん、私が喋るから、覚悟しなさい」


 何を覚悟するというのか。


「じゃあ僕らは休憩しているからご自由にどうぞ」

「って、え、スタッフさんたち出ていかないで!」

「や、やるわよ」

「そんな畏まらなくていいから!」


 収録ブースに二人きりになる。ナニコレ。空気読まれたの?その気遣いはいらんぜよ。


『奏絵、奏絵』

「おぉ」


 右耳から稀莉ちゃんの囁く声が聞こえる。こそばゆい。耳がムズムズする。


『ハロー、エンデバー。聞こえていますか、私はここです。ハロー、ハロー』

「聞こえているよ!」


 ヘッドフォンをしているので、自分がどのぐらい大きな声を出しているのか、わからない。


『ふー』

「うひっ」


 耳に息を吹きかけられた。実際にされたかのように体がビクリと反応する。確かにこれはヤバい。


『あのね、相談があるの』


 声が左耳に移る。


『電話しても迷惑じゃない?』

「……迷惑じゃないよ」


 わざわざダミヘでいうことだろうか。


『毎日したら迷惑だよね?』

「うん」

『だよね……。週1ならいい?』

「うん」

『ふふ、やったー』


 毎日はさすがに辛い。承諾したら本気で毎日してきそうだ。カップルでも毎日は電話しないだろう。いや、私と稀莉ちゃんがそういう関係である、というわけではないけど。


『それで、本題です』

「お、おう」

『デートのことです』


 何故、私はヘッドフォン越しで話しかけられているのだろう。何という罰ゲームだ。早くスタッフ帰って来てよ!


『デート場所は決まっています。この後、文字で送ります』

 

 なら、ここで言う必要はないんじゃないかな……。そして、ヘッドフォン越しだと丁寧な口調な彼女で違和感がある。


『きっと奏絵は楽しんでくれると思います。私も非常に楽しみです』

「はいはい、楽しみだから、そろそろ終わりにしようー」

『好きです、奏絵』


 耳元にしっかりと届く。甘い声が鼓膜を突き破り、頭の中で反芻する。

 

「はいはい、2本目行こうか―」


 植島さんと共にスタッフさん達が戻ってきて、罰ゲームから解放される。


「どうだった、ダミヘの感想は?」

「ヤバいですね、本当に近くにいるかのような臨場感がありますね。バイノーラルのCDが売れるのもわかります」


 言葉は呪いとなり、私から離れない。

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