第14章 虚空リフレイン④
「新山梢のコズエール!」へのゲスト出演も終わって数週間、10月も半ばとなった。葉は色を変え、カーディガンを羽織らないと寒いと感じる季節。街ではハロウィンの飾りが目立つ。それも終わればクリスマス商戦で賑わい、そして今年が終わるのか、と気分が少々憂鬱になる。時が流れるのは仕方がないことだが、歳はとりたくない。
「吸血鬼になって不老不死になれないだろうか?」そう思うあたり、私もハロウィンを流行らせようとする謎の団体の影響を受けていると感じる。普通に生きているようで、何かに影響を受け、毒され、洗脳されていく。悪いことばかりじゃないけどさ。
駅から歩いたので体は程よく温かくなった。寒いと声は出ないのだ。駅から歩くのはウォーキングアップで、その段階で仕事はもう始まっていると言える。大事、準備運動。
息を整え、いつもの扉を開ける。
「お疲れ様でーす」
「よしおかんさん、お疲れっすー」
「お疲れさまー」
見知った収録現場で、顔なじみの番組スタッフ。うん、落ち着くな……。つい感傷に浸ってしまう。
「何突っ立てるのよ、よしおかん」
振り向くと彼女が私の後ろにいた。
「お疲れ、稀莉ちゃん」
「うん、お疲れ」
デートの約束をしたからか、前みたいにそっけない態度の彼女だ。それはそれで物足りないなと思ってしまうのは欲張りか。攻めてきたら、私は避ける癖に。……もう少し寒くなったら、抱き着くのは許可しようか。あくまで暖をとるために。
収録ブースに入り、打ち合わせが始まる。
「はいはい、今日も頑張っていこう」
何日か帰っていないのか、髭が伸びたままの植島さんが合図をする。しかし、開く台本はほぼ真っ白だ。コーナー名だけ書かれている。あーやっぱりこれだ、これ。
「うふふ、落ち着くなー」
「何がよ!真っ白なページを眺めて何が楽しいって言うの?」
ラジオの相方に不気味がられる。
この現場では台本を意味をなさない。予習の必要はなく、打ち合わせの雰囲気から、そのまま収録に繋がるのだ。ほぼアドリブ。だからこそ、素の自分が出せるのかもしれない。
練習すれば型に嵌めてしまう。演じ切ろうとしてしまう。ならばそうさせなければいい。植島さんのスタイルも、慣れてしまえば心地よい。パーソナリティの負担は大きいけれども、真剣に考えるし、きちんと向き合うことができる。
「あー、今日は台本いらないから」
「知っていますよ、植島さん。いつもでしょ」
「あれ、そうだっけ?」
とぼけるあたり、意図的なのか、天然なのかは判断しづらい人だが。結果的には有能な人なのは知っているけどさ。
「今日は新コーナーに山ほどお便りが来たんだ。だから、1本目は全部そのコーナーにする」
「え、かなえたい?」
「そう、その新コーナー」
スタッフさんにより、本当に山盛りのお便りが机に積まれる。
そして、今日も予測のつかないラジオ収録が始まるのだ。
***
稀莉「本日は、新コーナースペシャルです。嬉しいことに新コーナーの告知をした後、山ほどお便りがきました」
奏絵「ええ、ドン引きするほど沢山きました。皆、私をいじめるの楽しいの?」
稀莉「そんなことないわ。私が笑顔だと、よしおかんも嬉しいでしょ?」
奏絵「そ、そうだけど、その代償として我が身を削るはめになるし」
稀莉「今日は他のコーナーをお休みし、ひたすら新コーナーをやります!」
奏絵「私を削りカスにする気か!」
稀莉「もううるさいわね、始めるよ」
奏絵「帰らせて―!」
稀莉「稀莉ちゃんの願い、かなえたい!」
奏絵「『稀莉ちゃんの願い、かなえたい!』のコーナーは、佐久間稀莉が吉岡奏絵と結ばれるために、いや何で私が読んでいるのかな……、えーっとリスナーさんにプレゼンしてもらうコーナーです。稀莉ちゃんのためになるなら、何でもオッケーのヤバいコーナーです」
稀莉「そう、何でもありです!」
奏絵「却下したけどさ、家庭訪問とか、お弁当作ってくるとか無理だから!私に何を望んでいるの!そして音声のラジオだと伝えづらい内容!」
稀莉「個人的に家庭訪問したいと思います」
奏絵「おいおい」
稀莉「さぁ、1通目。どんどん行くわよ。『デジタルデジマニア』さんから」
奏絵「えっ、文字以外に写真や、これは間取り図?」
稀莉「そう、デジタルデジマニアさんはプレゼン資料をつくってくれました」
奏絵「本気出さないで!}
稀莉「『佐久間さん、よしおかんさん、こんにちは。私が、ご提案するのは二人の愛の巣です。仲を縮めるには一緒に住むのが1番。そこで私は種子島の一軒家をご紹介いたします。種子島は鹿児島県にある、南の島です。間取り図をご覧ください。倉庫を含めると8部屋ほどあり、2人で暮らすには十分すぎる大きさで、お友達を呼んで、部屋を貸すなんてこともできます。菜園もあり、駐車場も3台以上可。そして何と「店舗」つきなのです。元々はお店だった場所で、ここを少し改装するだけで、「これっきりラジオ公式ショップ@種子島店」がすぐに開けます。「種子島なんて東京から遠すぎて、もう声優の仕事ができない」そんな心配いりません!そう、種子島には宇宙センター、ロケットの発射場があるのです。ロケットに乗って東京までひとっ飛び。関係者さんと仲良くなれば、東京への移動の心配はありません。綺麗な海に囲まれた自然豊かな島で、サーフィン、スキューバダイビングや釣りを楽しみ、菜園畑で野菜を育て、収穫し、鉄砲伝来の地で陶芸に勤しむ、そんなスローライフな生活はいかがですか。ぜひご検討ください。良い返事お待ちしております。」
奏絵「長い!!長すぎ!そして、この熱量。本業の人?でも、ロケットの所は突っ込まずにはいられない!」
稀莉「いやー素晴らしいお便りですね。こういうのを待っていた気がします」
奏絵「予想外すぎるよ!」
稀莉「でも、島暮らしって憧れるわね。私、都会育ちなんで」
奏絵「確かに。私、青森生まれ、青森育ちなんで、南の島は憧れるねー。それに家庭菜園か……正直ありだな。陶芸もしてみたい」
稀莉「電話番号ものってるわね、早速」
奏絵「まて、待てい!声優の仕事を続けるのに、東京を離れるのは無理だから」
稀莉「そうね、毎回ロケットでは高いものね」
奏絵「そんな通勤感覚でロケット飛ばせないからね!?」
稀莉「引退して、おばあちゃんになったら考えましょう」
奏絵「老後に南の島か」
稀莉「よしおばあちゃんや、ミカンが食べたいのう」
奏絵「誰がおばあちゃんだ!」
稀莉「はいはい、都内でお勧めのお家待っていますー」
奏絵「都内でも一緒に住むつもりないからね!?」
稀莉「はい、次は『アルミ缶の上にあるぽんかん』さん。あるポンさんね。『キリキリ、よしおかん、こんばんはー。グッとくる行動は耳元でささやくことだと思います。耳って弱いですよね。それが声優さんの声だったら、もうイチコロです。ぜひ耳元でささやいてあげてください』」
奏絵「え、私ささやかれるの?」
稀莉「それもいいと思ったけど、今日は私がささやかれたいと思います」
奏絵「え、私がささやくの?」
稀莉「そう言っているでしょ?はい、スタッフさん、準備お願いしますー」
奏絵「準備?おお、収録ブースにあったアレを使うの?あれが道具だったの?」
稀莉「さぁ、ささやかれるわよー」
奏絵「今日一の笑顔だよ、この子!」
***
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