第14章 虚空リフレイン③

***

梢「それでは、コーナーに行きますぅ」

奏絵「わー」


梢「あなたにコズエール!」


梢「こちらのコーナーでは、私、新山梢がリスナーさんを励ますコーナーですぅ」

奏絵「なるほど、失敗したり、悩んでいたりするリスナーさんを元気づけるんだね」

梢「その通りー、エールあげちゃいますぅ。でも今日はよしおかんしゃんにもやってもらいますね」

奏絵「私がエールか……ビールしか思い浮かばない」

梢「ビール?」

奏絵「ごめん、それは違うエールだった」

梢「エールというのがあるんですねー」

奏絵「発酵によって呼び方が変わるんだ」

梢「ふえー、お母しゃん物知りですぅー」

奏絵「お母さんじゃないって!」

梢「ふふふ、2回目は大丈夫ですぅ」

奏絵「耐性ついてる!?梢ちゃんはお酒飲む?」

梢「そこそこですぅー、カクテルやサワーを数杯飲むぐらいですぅ。よしおかんしゃんみたいに樽ごと飲んだりはしましぇん」

奏絵「私のイメージ!誰から聞いたのかな……?」

梢「ふえええ、お母しゃん、顔が怖いですぅ……」

奏絵「さてさて、コーナーに行かないとね。まずは梢ちゃんからお手本を見せてもらいましょう」

梢「はーい、任されましたぁ。子豚ネーム『マッチ売りの」

奏絵「ちょっと!?」

梢「ど、どどどうしたんですか、よしおかんしゃん!?」

奏絵「子豚ネームって?」

梢「子豚ネームはラジオネームのことです、よ?」

奏絵「いやいや、可愛く首を傾げても!え、リスナーさんは豚なの?」

梢「豚さんじゃありません、子豚さんですぅー」

奏絵「豚と子豚の違いのこだわりはわからないけど、それでいいの?」

梢「子豚さん可愛いじゃないですかぁー」

奏絵「そうかな……?」

梢「えー、リスナーさんも喜んでくれていますよぉ」

奏絵「それは別の意味で喜んでいるのでは」

梢「別の意味?」

奏絵「あー、梢ちゃんは純粋なままでいてね!どうぞ、続きどうぞ!」

梢「はい、読みます♪子豚ネーム『マッチ売りのガラスの靴はもう竜宮城の竹の中』さんからですぅ」

奏絵「詰め込みすぎ!」

梢「詰め込みすぎぃ?」

奏絵「ごめん、つい突っ込む癖が。続けて」


梢「『文化祭で告白をしたのですが、振られてしまいました。学校へ行くのが辛いです……。立ち直るエールください』」


奏絵「あらあら、失恋」

梢「かわいそう。梢には難しい質問ですぅ……」

奏絵「ここは、星の数ほど女性はいるぜ!気にすんなよ!と軽い感じでいいのでは」

梢「駄目ですぅ。星の数ほどいても星には手が届かないんですぅー」

奏絵「辛辣!?ぬぬぬ、まだ学生なんだし、これからいくらでも恋愛はできるさ」

梢「そうですね、さすが恋愛マスターですぅ」

奏絵「違うよ、恋愛マスターなんかじゃないよ!?」

梢「こないだ告白されたって聞きましたぁー」

奏絵「その話は止めようか!!」

梢「えぇ、梢、よしおかんしゃんの恋愛事情聞きたいですぅ」

奏絵「竹の中さんが答えを待っているよ!」

梢「しょうですか……梢は恋愛はわからないけど、落ち込んだ時にすることありますぅ」

奏絵「なるほど、それが答えでいいんじゃないかな」


梢「落ち込んだ時は、甘いものを食べれば幸せになれますぅー」


奏絵「落ち込んでいなくても、甘いもの食べていたよね?」

梢「だから、梢は毎日ハピハピライフですぅ」

***


「楽しかったですぅ、よしおかんしゃん」

「どうもどうも。私も楽しかったよ、梢ちゃん」


 台本の読み合わせも、打ち合わせもまともにしないで不安な私だったが、特に問題もなく、無事にラジオの収録を終えた。普段1人ラジオなので、最初はツッコミに怯えていた彼女であったが、途中からは慣れたのか、私のツッコミにも微笑んで返してくるようになった。それもどうかと思うが、結果面白い収録になったと思うので文句はない。

 しかし、色々なラジオがあるものだと改めて実感させられる。私は常に面白いネタ、話題を必死に探しているのに、梢ちゃんだと普通のことを、ほわほわした甘い声で言うだけで番組が成り立ってしまう。属性の違い。癒しラジオにネタの切れ、爆笑する話題は必ずしも必要ではない。梢ちゃんがただそこで話すだけで、癒しラジオが成り立ってしまう。圧倒的個性、これも才能だ。


「今日はありがとう、梢ちゃん。勉強になりました」

「そんなことないですよぉ~、私こそお勉強になりましたぁ」


 イベントを成功させたからといって自惚れてはいけない。人気ラジオになれたといっても今は炎上の力を借りているだけ。まだまだ面白いものにしないと!と気合を入れ直す。


「あのあの、この後はお仕事ですかぁ?」

「うん?今日はこれで終わりだよ」


 彼女の顔がぱあーっと明るくなる。


「じゃあ、ご飯でも行きません?」

「えっ、まだ食べるの?」


 マフィンにドーナッツに、さらにまた別のお菓子にも手を出していたのに、まだ食べるのか、この子!大食いの才能もあるのかな?


「そ、そうでしたよね。たくしゃん食べましたよね……ではまた今度」

「いやいや、少しぐらい大丈夫だよ!そう、喫茶店とかならいいよ」


 暗い顔に光が戻る。コロコロと顔が変わる、可愛い子だ。


「わーい、行きましょう」


 誘われるのは嬉しい。あんなにラジオで話したのに、まだ話し足りないと思っているなんて光栄なことだ。



 収録現場から少し歩いた場所にあるチェーンの喫茶店に入った。テーブル席の対面に座る彼女はニコニコとした顔で、甘いフラペチーノを飲んでいる。本当に幸せそうだ。美味しそうに、幸せそうにしている女の子を見るのは、心が浄化される。


「梢ちゃんはどんな役が多い?」

「役ですかぁ。口下手の女の子だったり、ほわほわした女の子だったり、動物なんかも最近やりましたぁー」


 なるほど、ピッタリだね!と心の中で呟く。


「でもでも強気な女の子もやってみたいですぅ。ボーイッシュな感じやりたいですー」

「梢ちゃんが強気な女の子かー」

「おうおう~、舐めてんじゃねーぞぉ」

「駄目、それじゃ可愛すぎる」

「そうですぅか…」


 そんなカワイイ声でキレられても全然怖くない。逆にそれがいいのか?キレキャラなのに萌え声。うーん、無理かな……。


「よしおかんしゃんは似合いますよねぇ。こないだやっていたハーレムアニメの強気な女の子も良かったですぅ」

「見てくれたんだ、ありがとー」

「主人公の前では威勢がいいのに、急にシュンとするのが可愛かったですぅー」

「どうも、よく見ているね……照れるわ」

「ふふふ、けっこうアニメはチェックしていますよぉ~。おかんしゃんも幅広い役できますよねー。でもやっぱり空音さんが1番、よしおかんしゃんっぽいですかね」

「よく言われる。というか見ていたの、空飛び?」

「はい、もちろん。小さい頃からアニメ大好きなんですぅ。当時は大学生、高校生だったかな?リアルタイムで見ていたはずなんですが、後々よしおかんしゃんがやっていたって知りましたぁ」


 「空飛びの少女」が放送されたのは6年前。私が大学生だったので、年下の梢ちゃんも当然学生だったはずだ。

 『空音』は、私が「空飛びの少女」で演じた主役だ。「空飛びの少女」は元からの原作人気もあり、アニメはかなり売れた。おかげで「空飛びの少女」の主役を演じた吉岡奏絵といえば紹介に困ることはない。それほど影響力があり、知名度のある人気作品なのだ。

 けれども、アニメの出来もよく、ディスクも売れた「空飛びの少女」であるが、2期はつくられなかった。制作事情か、出版事情か、理由は知らない。原作は無事に完結したがアニメ化されたのは5巻までで、ストックは十分にあったにも関わらず、続編はつくられなかった。そして私は一発屋となった。

 「空飛びの少女」の2期があったら、また空音を演じられていたら、私は落ちていくことはなかったかもしれない。そんなのは空虚な妄想だ。仕方がないこと。私の力だけでアニメができるわけではない。皆の努力の集合体なのだから。


「あの頃、見ていたアニメの声の人に会えるなんて嬉しいですぅー」


 嬉しい言葉だが、その感情が振り切れた人間が近くにいるので、下手に喜ぶことができない私がいる。

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