第14章 虚空リフレイン②

 『彼女』は枷で、重荷。

 『彼女』がいなかったらと何度も思った。

 『彼女』は迷惑な奴だ。その存在を無視することができないほどに大きい。


 でも、知っている。心の底から『彼女』を愛していると。


× × ×

 マウンテン放送の収録現場。訪れた場所はいつもと同じだが、中にいた人はほとんどが初対面の人である。


「おはようございます、93プロデュースの吉岡奏絵です!」


 女性スタッフが「こちらです」と案内してくれる。知っている場所だが、いつもと違う雰囲気に、スタッフに、少しばかり緊張する。

 本日の収録は合同イベント宣伝の一環として、別番組へのゲスト出演だ。「これっきりラジオ」の2人でなく、私1人。今日は、私の隣に稀莉ちゃんはいない。

 あらかじめ予習をしてくるつもりだったが、長く続いている番組なので全部を聞く暇もなく、最新5回ぐらいの放送を聞いて臨むしかなかった。そして、何度か見かけたことはあるけど、共演相手についての情報も不足していた。


「わー、よしおかんしゃん、ようこそ!」 


 ブースに入り、真っ先に挨拶をしてきたのが、その共演相手の女の子だった。

 新山 梢。

 150㎝ない、ミニマムな背の高さに、あどけない顔。中学生といっても通じそうだ。そして、その見た目以上に甲高い、甘い声。

 一言でいえば、ロリ。


「お邪魔します、新山さん」


 だが、稀莉ちゃんよりも年上で、22歳なのだ。容姿に関しては17歳の稀莉ちゃんの方がずっと大人に見える。


「来てくれて嬉しいですぅ。ずっとよしおかんしゃんと話してみたいと思ったんですぅ」

「ほんと!?嬉しいなー」


 どうぞどうぞと促され、正面の椅子に座る。目が合うと、ニコニコと微笑んでくれ、思わず照れてしまう。

 ……可愛い。初対面最悪の稀莉ちゃんとは違って、ものすごく歓迎してくれている。ゲストの誰にでも同じことをするのかもしれないが、それでも歓迎ムードは心温まる。


「あっ、これ。つまらないものですが」


 最寄り駅で買ってきたマフィンの箱を渡す。1つの箱に3つを、3箱。計9個である。箱を開けると、新山さんの顔がさらにパァーっと明るくなった。


「ありがとうございますですぅー。私、お菓子大好きで大好きで!早速食べましょう!」

「いやいや、打ち合わせ始めようか!」

「そ、そうでしたぁー」


 このままお茶会が始まってしまっては困る。あくまで仕事なのだ。

 構成作家さんに、スタッフさんも着席し、新山さんがゆるく掛け声をかける。


「では打ち合わせを始めましょうー」


 と、打ち合わせは始まったものの、話す内容は、


「猫さんがかわいくて、ずっと喋っていましたぁー」

「猫語で?」

「ニャアニャアですぅ」

「ははは」

「猫さんといえば、豪徳寺に招き猫さんがたくさん置いてあるお寺があるんですぅー。こないだ行ってきて、可愛いくてー」

「へー、見てみたい」

「これが写真ですぅ―」

 

 蕩けてしまうような、癒される話ばかり。打ち合わせが始まったはずなのに、内容には一切触れず、変わらず世間話が続く。

 そして、


「モグモグ」


 新山さんはけっこう食いしん坊だ。私の持ってきたマフィンはすぐに無くなった。部屋には6人しかいないので、3個余るはずなのだが、残りは彼女のお腹の中に消えていた。さらに計4個もマフィンを食べたはずなのに、今はドーナッツをパクパクと幸せそうな顔で食べている。


「新山さん、よく食べるね……?」

「甘いもの大好きなんですぅー」


 この子は甘いもの成分で構成されているのだろう。くっ、こんなに食べているのに全く太っていない。アラサーの私には真似できない食べっぷりだ。若い、成長期?の稀莉ちゃんでもこんなに食べないぞ。

 さて、話し始めて30分以上経つが、台本はいまだに1ページも読み進んでいない。

 

「わー、よしおかんしゃんのマニキュア可愛いですね」

「あっ、これ?こないだのイベントに合わせて、お店に行って塗ってもらったんだ」

「ブルーのグラデーションが綺麗ですぅ―。小さいお星さまも可愛い」


 細かい所によく気づく。「これっきりラジオ」では特にオシャレについて何も言われないので、というかジャージで収録するなどオシャレをするという概念を見失っているので、褒められるのは新鮮だ。別に気づいてほしくてオシャレしているわけではないが、ちょっとした差異の気づきはオシャレした甲斐があるってもんだ。素直に嬉しい。

 稀莉ちゃんは容姿に関してはほとんど何も言ってくれないからな。ちょっとした変化に絶対に気づいているはずなのに褒められた記憶がない。デートの時は言ってくれたっけ?それぐらいしか覚えていないぞ。この短い時間で、新山さんの女子力の高さが垣間見える。


「ふふ、お話楽しいですねー」

「そ、そうだね」 


 うちのラジオも打ち合わせは、台本が真っ白だし、内容が無いけど、こっちのラジオも大概だ。構成作家さんも「うん、うん」と私たちの会話を嬉しそうに頷くだけで、特に指示はくれない。

 事前に貰っていた台本には細かい順序、話すお題がきっちり書かれていたので、打ち合わせで改めて確認すると意気込んでいた。けれども、一向に確認する気配がなく、拍子抜けしている自分がいる。現場によって、全然違うなラジオ番組って。


 そして、嫌なことにも気づいてしまった。

 新山さんを稀莉ちゃんと比較している自分がいる。

 稀莉ちゃんなら、こう言う。稀莉ちゃんなら、こうする。稀莉ちゃんなら、稀莉ちゃんだったら。それが新山さんだから、というわけではないと思う。違う女の子でもきっと同じように考えてしまう気がする。


「そろそろ収録始めましょうか」

「はぁいー」


 構成作家さんが気楽に告げ、新山さんが返事をする。

 違和感がある。同期の瑞羽とのラジオでは感じなかった想い。けして居心地が悪いわけではない。むしろ居心地はよい。でもしっくりこない。

 それは何故か。……すぐに答えがわかってしまう自分も怖い。

 隣に彼女がいる当たり前を、平穏を、安心を自覚させるために、思い知らすために、植島さんは修行に出したのだろうか。そこまで考えていたなら恐ろしい。反省とかこつけて、今までのありがたみを知る機会を与えたのか。


「あなたにエールをあげるよ。新山梢のコズエール!」


 こうして表向き明るいが、どこか乗り切れていない私のゲスト出演はスタートしたのであった。

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