第14章 虚空リフレイン

第14章 虚空リフレイン①

 『彼女』は私の憧れだった。

 眩しくて、どうしようもなく遠くて、手の届かない存在だった。


 けど、彼女に手が届くとしたら。

 『私』が『彼女』になれるとしたら。

 そしたら、私は、私は。

 

 ……どう選択するのだろうか。


× × ×

 私のオタク部屋にまたグッズが増えた。

 奏絵と一緒に出たイベントのTシャツを壁に飾り、奏絵考案のジョッキはペン入れとして机に置いている。イベントパンフレットは5冊もらい、鑑賞用2冊と保存用3冊として部屋に収納している。寝る前にパンフレットで奏絵の可愛い写真を見て眠りにつき、朝起きたら奏絵のカッコいい写真を見て目を覚ます。我ながらどうかしていると思う。

 ラバーストラップの1ペアは机に飾っている。イラスト化された私と奏絵。デフォルメされたイラストだが、よく特徴は捉えられている。可愛い。見ていて思わずニヤニヤしてしまう。この顔は人前では見せられない。

 私、佐久間稀莉はラジオのイベントで告白をした。共演者で、憧れの女性である吉岡奏絵にだ。

 しかし、これが初めての告白ということではない。テーマパークに遊びに行き、パレードを見ている時に、気持ちが高ぶり、思わず「好き」と彼女に言ってしまった。ただ彼女は返事をくれなかった。嫌われてはいない。その後、問いただした際に「……嫌いなわけないじゃん」と言ってくれた。今、思い出してもにやけてしまう。でも、『好き』とは言ってくれなかったのだ。

 だから、私はもう一度彼女に告白した。今度は逃げられないように、私の想いが本気だということを示すために、大勢のリスナーがいる、舞台の上でしたのだ。

 ……どうにかしていたと思う。どうにかしているのだ。恋って怖い。奏絵のことを考えると私は私でいられなくなってしまう。奏絵の側にいたい。奏絵を誰かに渡したくない。奏絵に好きって言われたい。そもそも彼女ともう一度会うために声優になったのだ。もちろん、それだけの理由ではないけれども、彼女が夢のきっかけだった。彼女の隣に他の人はいらない。周りを牽制するための宣言だった。

 効果は抜群だった。奏絵のSNS、番組のSNSは炎上し、情報はリスナー外にもどんどん拡散されていった。ちょっと事務所には怒られてしまったが、結果を出すために痛みは伴うものだ、仕方ない。


「はぁー、奏絵に抱きしめられたい……」


 私がイベントで奏絵への憧れエピソードを語った後、彼女は舞台の上で、大勢の前で私を強く抱きしめてくれた。人目をはばからず、長い時間強く強く。心臓が自分のものじゃないぐらい、ドキドキと音を鳴らし、そして彼女の早い鼓動も聞こえた。今まで生きてきた中で、1番の幸せな瞬間だったといっても過言ではない。あの日以来ベッドで思い出しては、自分で肩を抱きしめ、ゴロゴロと転がること数十回。いまだに幸福の余韻は続いている。

 それでもだ、彼女は言葉にしてくれていない。『好き』を形にしてくれない。あれだけのことをしてくれたのだ。好きじゃないはずがない……よね?負ける可能性もなくはない。不安なのだ。契約書に記載させ、誓いをたててもそれでも不安。

 

「はぁー、奏絵に好きって言われたい……」


 私にできることは、なお攻めること。もう後には退けない。後戻りはできないのだ。『好き』って言われるまで前に進むしかないのだ。

 次のデートの約束もした。ふふ、今から楽しみだ。場所はすでに考えている。奏絵はどんな顔して楽しんでくれるだろう。彼女といる時間は格別で、特別だ。私もどんな顔になれるだろう。

 でも、私はあることから目を逸らしている。

 奏絵に『好き』って言われたら私はどうなるのか、ということ。言われた瞬間は嬉しすぎて、幸せすぎて、泣いちゃうだろう。想像するだけで顔が真っ赤になる。違う、その後だ。『好き』と言われた私と彼女は何になるのか。それは、それは、本当にいいことなのだろうか、漫画やアニメ、映画の世界の物語みたいなことになっちゃうのだろうか。だって、それはあまりにも、夢物語で、……恥ずかしすぎるっ!そんな妄想が実現されてしまって良いのだろうか。そんな理想が本当になったら私は毎日幸せすぎてどうにかなってしまわないだろうか。


「ぐへへ……」


 乙女にあるまじき声が出た。うん、今考えるのは辞めよう。そうなった時の私がきっと上手くやってくれるだろう。頑張ってくれるよね?

 ずっと考えていたら、奏絵に会いたくなった。電話番号を手に入れてはいるが、告白する勇気はあるくせに、いまだ電話はかけられないでいる。


「はぁー、奏絵の声が聞きたい……あっ」


 思い出した。今日は奏絵が別番組のラジオにゲスト出現する日だった。危うく妄想でリアルタイムを逃すところだったわ。

 パソコンを立ち上げ、奏絵の写真を片手に準備完了。

 イヤホンからは奏絵とは違う、甲高い声が聞こえてきた。


***

梢「あなたにエールをあげるよ。新山梢のコズエール!」


梢「こんにちは。最近、雨ばかりでイヤイヤな気分な梢ですぅ。でも今日はそんなどんよりした気分を吹き飛ばすっ、ステキなゲストしゃんが来てくれています。どうぞ~」

奏絵「こんにちはー、『吉岡奏絵と佐久間稀莉のこれっきりラジオ』から来ました、吉岡奏絵です!」

梢「わー、よしおかんしゃんー」

奏絵「どうもどうも」

梢「よしおかあさんは、とてもカッコいい人なん」

奏絵「って、おかんじゃなくて、誰がお母さんだ!」

梢「ひっ、ひえええ、ごめんなさああい」

奏絵「あ、そういうつもりではなくて、ツッコミで」

梢「そ、それがこれっきりラジオのノリなんですね」

奏絵「そう言われると困るというか」

梢「ひえええ、ごめんなしゃい」

奏絵「いやいや、大丈夫、大丈夫だから!梢ちゃんは、あ、呼び方は梢ちゃんでいいかな?よく呼ばれるニックネームある?」

梢「そうですね……、こずこず、こずっち、にいやまんなどでしょうか。シンプルに梢ちゃんが一番多いですぅ」

奏絵「じゃあ梢ちゃん呼びにしようね」

梢「わーい、ありがとうございます!こっちからはよしおかんしゃんでいいですか?」

奏絵「うん、いいよ、梢ちゃん」

梢「ふふ、よしおかんしゃん。いつも1人のラジオなので、こうやって話せるのは嬉しいですぅ」

奏絵「楽しいラジオにしようね、梢ちゃん」

梢「はい、よしおかんしゃん」

奏絵「梢ちゃん?」

梢「よしおかんしゃん!」

奏絵「こ、梢ちゃん!」

梢「よしおかんしゃんー!」


梢「この番組は、毎日を元気、元気にする、エネルトの提供でお送りいたしますぅー」

***


「…‥‥」


 思わずパソコンの電源を切ろうとした右手を、左手でがしっと掴み、阻止する。

 何よ、私以外の女とイチャイチャして……。

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