第13章 同情、現状、日々炎上⑤
「もう1つの作戦は、色々なラジオにお邪魔することだ」
植島さんが自信満々に提案したが、言っていることはさほどインパクトはなかった。
別のラジオ番組にゲスト出演。それ自体は珍しいことではない。現に、私達は1度、橘唯奈さんのラジオ番組『唯奈独尊ラジオ』にゲスト出演している。
「2人には合同イベントに参加する他のラジオ番組にゲストとして行ってもらう」
「他の4番組に全部ですか?」
「いや、それぞれ1番組だ」
「それぞれ?」
稀莉ちゃんが私も浮かんだ疑問を口にする。
「ああ、それぞれだ。1人で、ゲスト出演してもらう」
「え、2人で一緒じゃないんですか?」
「ああ、一緒じゃない」
「それはどうして?」と口にしていいものだろうか。私が悩んでいると、隣の女の子は怯むことなく、言葉をぶつける。
「どうして奏絵と一緒じゃないんですか!奏絵と一緒じゃないと嫌です!」
ど真ん中すぎるストレート。今までの彼女ならそんなこと言わなかったはずなのにな……。
「理由はあるよ。2人は化学変化を起こしすぎたんだ。爆発しすぎてしまった。良くも悪くも空気ができすぎてしまった。新コーナーでその空気を助長させようとしているが、その判断もリスクがある。矛盾しているんだけどね。まだ半年でこの番組を落ちつけてしまう必要はない」
要するに、植島さんなりの「頭を冷やしてこい」ということだろうか。
空気、ね。不仲なラジオ、ただの仲良しなラジオではもうなくなってしまったということか。型にはまってしまった。でも、ただ毎回イチャイチャ、百合百合すればいいというわけではない。リスナーが望んでいるもの、私がしたいラジオ、二人で作りたい番組。段階を踏んで、進化していく、成長していくはずだった。でも、階段をすっ飛ばし、行きつくところまで行ってしまった。その先に待つのは停滞、マンネリ。
「それに、別の空気を知る必要もある。このラジオがさらに面白くなるためにね。いうなれば修行という感じかな」
そう言い、植島さんが紙を机の上に置く。
「これが、合同イベント参加番組のリストだ」
5番組のタイトルに、出演者が書かれている。
・『唯奈独尊ラジオ』 出演:橘 唯奈
・『吉岡奏絵と佐久間稀莉のこれっきりラジオ』 出演:吉岡 奏絵、佐久間 稀莉
・『新山梢のコズエール!』 出演:新山 梢
・『ひかりと彩夏のこぼれすぎ!』 出演:東井 ひかり、芝崎 彩夏
・『まことにさくらん!』 出演:大滝 咲良、篠塚 真琴
「なるほど、豪華なメンバーですね」
唯奈独尊ラジオと、東井さんのラジオがイベントに出ることは事前に知っていたが、他の2番組のこともよく知っていた。どれも人気ラジオ番組である。私達以外は1年以上やっている番組だ。この中では私たちは新参者もいいところ。
それにどのラジオ番組も特徴がハッキリとしている。『癒しラジオ』、『変態ラジオ』、『オタクラジオ』。私たちには無い要素だ。
で、問題はどの番組にゲスト出演するかだが。
「どのラジオにどっちが行くか決まっているんですか?」
「当然」
「聞いても?」
あっさりと植島さんから答えは返ってくる。
「ああ、吉岡君は、『新山梢のコズエール!』」
「新山さんか、あまり面識がないな……」
何度か現場で一緒になったこともあるが、まともに話したことはない。癒し声なだけでなく、本人もふわふわ、ぽわぽわした女の子で癒される印象。やかましいおかんの私と合うのだろうか。
「で、私はどの番組なのよ」
「佐久間君は、『ひかりと彩夏のこぼれすぎ!』に出てもらう」
「げっ、あの変態ラジオに行くの!?」
変態ラジオとはひどい!と思うが、私もさっきそう思っていたので人のことは言えない。稀莉ちゃんが苦手な下ネタ満載の番組に行くのは不安だ。
「私と稀莉ちゃん、逆の方がいいのでは?」
癒しラジオに、稀莉ちゃんが行き、変態ラジオに私が行った方が無難だろう。
「それじゃあ、面白くない!」
でも安全プランを、構成作家は一蹴した。
「君と東井君は面識あるだろ?吉岡君が『こぼれすぎ!』に参加しても、普通に溶け込んでしまうだろう。それじゃ化学変化は起きづらい。ギャップがあるから、意外性があるから、新境地は開拓されるのさ」
そう言われては私も、稀莉ちゃんも反論することはできない。意味があるゲスト出演。成長するための修行。
植島さんが「さぁ、楽しくなってきただろう?」と一人不敵に笑う。
修行させられる私たちはしんどいんだけどなと、口にはできなかった。
***
稀莉「合同イベントの情報に続きまして、ここでビッグなお知らせです」
奏絵「な、なんと合同イベント開催前に、それぞれのラジオに合同イベント出演のメンバー1人がゲスト出演することになりましたー」
稀莉「前に唯奈のラジオにお邪魔したような感じね」
奏絵「ただあの時とは違って、1人ずつです。二人では行きません。それでゲスト出演する番組ですが、私は、新山梢ちゃんのラジオ、『新山梢のコズエール!』にお邪魔します」
稀莉「くっ、羨ましい。私は、東井ひかりさんと芝崎彩夏さんのラジオ番組、『ひかりと彩夏のこぼれすぎ!』に行きます」
奏絵「頑張ってね……」
稀莉「どうしてよしおかんが癒しラジオの『コズエール』に行って、私が変態ラジオ番組に行かなきゃいけないのよ!」
奏絵「稀莉ちゃんが無事に帰って来れるか、お母さん心配です。付いていっていい?」
稀莉「授業参観はお断りよ」
奏絵「親離れのお年頃ね」
稀莉「はいはい。リスナーは楽しいかもしれないけど、私たちはしんどい企画ね」
奏絵「まあまあ。イベントを盛り上げるための工夫だよ」
稀莉「で、うちの番組にもゲストが来てくれるらしいです」
奏絵「その通り、この番組にもゲストが来てくれます。ゲストはなんと『まことにさくらん!』の大滝 咲良さんです!2週後の放送に来てくれます!」
稀莉「皆さん、早めにお便りくださいね。できれば来週までに」
奏絵「私たちのラジオ初ゲストですよ、初ゲスト!」
稀莉「そういえばそうね。行ったことはあったけど、来てもらうはなかったわね」
奏絵「お楽しみにしてくださいね!」
***
本日は珍しく朝からの収録で、昼前には2本録り終わった。炎上騒ぎで、不安いっぱいだったが、いざ始まってしまえば何とかなる!……ってこともなく、ヤバい新コーナーがつくられるし、別番組ゲスト出演も決まるし、息をつく暇もない。私の心が休まる日は訪れるのだろうか。
「はぁ、アイスでも食べて帰ろう」
せめて気分だけでも涼みたい。今日は奮発して三段重ねにしてしまおうか。
「えっ、あんた、この後のこと忘れている?」
「へ?」
思わず間抜けが声が出てしまう。
この後のこと……?稀莉ちゃんと一緒に食事する約束でもしていたっけ?も、もしやデート!?いやいや、そんな約束した覚えがない!デートだったらこんなダサい格好で来ていない。
何かあったっけ?雑誌の取材?収録?どこかの会社に見学?……やばい、本気で思い出せない。
なので、素直に聞くことにした。
「私はこの後何をするのでしょうか、稀莉様」
はぁーとため息をつき、彼女は告げた。
「焼きに行くのよ」
「……はい?」
こんなに燃えているのに、何をこれ以上燃やすというのか。
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