第13章 同情、現状、日々炎上③

 普段とは違う緊張感。扉を握る手に力が入らない。

 この部屋の中に入りたくない。できるなら逃げたい。でもラジオの収録から逃げる勇気もない。


「おはようございます、吉岡です!」


 せめて言葉だけは元気に、扉を開け放ち、挨拶をする。

 中には番組スタッフが何人かおり、「お、おはようございます」、「お、お疲れ様です……」と挨拶を返すが、どこか余所余所しい。


「ご迷惑おかけしています……」


 私の平謝りにも、愛想笑いで返事するスタッフたち。

 か、帰りたい……。

 居心地の悪さから、そそくさと移動し、ミーティングルームへ入る。

 そこに彼女はすでにいた。今日は制服ではなく、私服の女の子。


「か、奏絵ー!」


 勢いよく立ち上がり、私に抱き着いてくるのを、思わず躱す。


「な、何で避けるのよ!」

「なぜ抱き着こうとする!」

「だって、イベント以来奏絵に会っていなくて寂しかったんだから!」


 思わず胸がキュンとなってしまうが、いやいや待て。


「そんなキャラじゃないでしょ、稀莉ちゃん!」


 彼女の名は、佐久間稀莉。17歳の学生にして、売れっ子の声優である。

 そして、彼女こそが、私の炎上の原因を作った人物である。

 

「私は変わったの」

「はい?」

「今までは思いを隠していたけど、イベントでぶちまけて、吹っ切れちゃった。もう好きの気持ちを隠す意味ないじゃない。素直な私でいいの。本当の私デビュー!」

「ちょっと待って、稀莉ちゃん」


 私たち二人の会話ならまだいい。気づかなかったが、部屋の中には『これっきりラジオ』の構成作家でもある、植島さんもいた。いつも突拍子もないことを言い出す、奇妙奇天烈なあの植島さんですら、稀莉ちゃんの変わりように引いている。


「お疲れ様です、植島さん……」

「ああ、吉岡君は本当にお疲れ様」

「私が癒してあげるよ、奏絵!」

「いりません!」

「えー」


 私たちのいちゃつきっぷりに、構成作家さんが「アハハ……」と遠い目をしている。


「確かに僕は化学変化を望んでいたよ。君たちならできると思った。まさか会場で大爆発を起こすとは思っていなかったさ」

「ご、ごめんなさい」


 何故か私が謝る。稀莉ちゃんの事務所からうちの事務所にも謝罪が来たらしい。稀莉ちゃんもこってり絞られたはずだ。なのに、清々しい顔をされておる、おい。


「でもね、あの大爆発のおかげで良いことも起こっている」

「え、良いこと?」

「前回放送の視聴回数が何と10倍」

「10倍!?」


 放送時のSNSでの実況も普段より遥かに多く、1週間限定のインターネットラジオでも再生数は堂々の1位とのことだ。


「イベント効果もあるだろうけど、何と言っても炎上して知れ渡ったことが大きい。番組の知名度がかなりアップした」


 炎上商法したつもりはなかったけど、結果的には炎上効果が出ている。


「知らなかった人も話題になったことでかなりの人が聞いてくれた。で、面白いと思った人は次も聞いてくれるだろう。その勢いを絶やしてはいけない」

「そうですね」


 炎上したことはもうしょうがない。起きたことを悔やんでも仕方がない。人災だけれども。これほどまでの注目は今までにはなかった。炎上を逆にうまく利用するほかない。


「合同イベントもあるが、それはまだ先のこと。なので、今回は手っ取り早く2つのプランを用意した」

「2つですか」

「ああ、人気をこれっきりにしないために、攻める」


 さっきまでふざけ気味だった稀莉ちゃんも真面目に耳を傾ける。


「1つは新コーナー。イベントで1つコーナーが終わったこともあるし、もっと化学変化起きそうなのを考えてきた」


 そして、イベント以来の『これっきりラジオ』の収録が始まったのであった。

***

稀莉「はい、先日のイベントは大盛況でしたね」

奏絵「……ぁぃ」

稀莉「何、黙っているのよ?」

奏絵「夜公演に来ていただいた方はわかると思います、この沈黙の意味!」

稀莉「楽しかったわね」

奏絵「そして、大炎上している私のSNS!」

稀莉「良かったじゃない、人気声優の仲間入り」

奏絵「誰が火をつけたと思っているの?」

稀莉「今日はイベントの感想がたくさん届いています」

奏絵「わーい、嬉しい!けど、話逸らされたー。誰か同情してくれ!」


稀莉「はい、さっそく読むわよ。ラジオネーム『そいやぞいや』さん。『イベント昼公演、夜公演どちらも参加しました。生で見る二人は綺麗で、可愛いと最初は思ったですが、途中からずっと笑いっぱなしで、ああ、そうだ今日は芸人さんのライブに来ているんだ!と思いました。次の合同イベントも楽しみにしています』」


奏絵「良かった、普通のメール、ふつおただ」

稀莉「良くないわよ、ふつうのおたよりはいらないんだから!」

奏絵「そういうこと言わないの。そうそう、早速話に出ましたが、『これっきりラジオ』の二人がマウンテン放送合同イベントに参加することになりました」

稀莉「こちらの情報は番組最後に少し触れるわ」

奏絵「イベントが終わったと思ったら、次のイベント」

稀莉「ありがたいけど、しんどいわね」


奏絵「では、たくさん来ているので次のお便り!ラジオネーム『カップラーメンは4分待って食べる』さんから。あ、あの人だ。『イベントではいじっていただき、ありがとうございました。失恋のショックからよしおかん派になろうと思った僕でしたが、その後の稀莉さんの熱すぎる告白に、敵わねぇ……と圧倒的な想いの差を感じました。よしおかんは稀莉さんのものです。二人の末永い幸せを祈っています」


稀莉「イベントでは馬鹿にして悪かったわね、カップラーメン4分の人。あなた、よくわかっているじゃない。きっとすぐに彼女できるわ。素敵な恋応援している」

奏絵「イベントの時と態度が180度違う!」

稀莉「何よ、こんなに良いこと言っている人をイジルことなんてできないわ」

奏絵「くそ、イベントではざまーみろー!といじっていたのに」

稀莉「私の想いが皆に伝わったみたいで嬉しいわ。そう、奏絵は誰にも渡さない!」

奏絵「えーっと、これ夜公演に来ていない人はさっぱりわからない内容ですよね。えっ、よしおかん説明してあげてって、そんな無茶な!植島さん!えー、本気で私が話すの?」

稀莉「わくわく」

奏絵「わくわくするな!えーっと、簡単に言うと、私が『空飛びの少女』の空音を演じていたのを小さい稀莉ちゃんが見て、憧れて、声優になって、ラジオ番組で憧れの私と、自分で言って恥ずかしいんだけど!その私と再会して嬉しいのだそうです」

稀莉「30点」

奏絵「はい、赤点ですね。だいぶオブラートに包んだんだよ、そういうことでしょ?」

稀莉「愛が足りないわ、愛が」

奏絵「知るかっ!もう私を惑わさないで」

稀莉「ふふ、惑わされているのね」

奏絵「嬉しそうな顔するなー」

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