第三部
第13章 同情、現状、日々炎上
第13章 同情、現状、日々炎上①
「後方敵接近!あの機体は何だ?」
「わかりません、データにない機体です」
都内レコーディングスタジオ。ブースの中には10人ほどの役者がおり、代わる代わるマイクの前に立ち、声を吹き込んでいる。
「左腕損傷!距離をあけてください」
「わかっているっ!何なんだ、あれは」
私は台本を持ち、数歩前へ踏み出す。そして、マイクの前に立ち、声を発する。
「やっと、やっと見つけた」
「誰だ、お前は!」
「お前は今まで撃墜した奴を覚えているのか?」
「右脚もやられました」
「くそっ、どうすれば」
「落ちろ、落ちろよ」
私は復讐に燃える、敵のパイロット。ロボットに乗り込み、宇宙で戦闘を繰り広げている。
という設定。
「燃えろ、燃え上がれえええええ!」
主人公へビームを放ち、叫ぶ。
そう、私、吉岡奏絵は映像作品に声を吹き込むプロ、声優なのであった。
「お疲れ様でした、本日の収録は以上です」
「お疲れ様でした!」「お疲れ様です」「ありがとうございました」
無事、収録も終わり、緊張した空気が和らぐ。劇場作品なので、4時間近く収録した気がする。さすがに疲れた。本当に宇宙で戦ってきたかのような疲労具合だ。
「吉岡さん、今日凄い良かったですね」
「ありがとうございます。本当に良かったですか?」
共演者に褒められるも疑心暗鬼だ。
「おう、良かったぞ。吉岡はああいう演技もできるんだな」
年配の音響監督にも褒められ、照れ臭い。
「そこを見込んで選んだ、さすが俺!」
「あはは、選んでくれてありがとうございます」
「選んだのは監督だがな」
「おいおい」
「ともかくいい演技だったってことだ」
「本当本当。かなかな、今日は凄味があったよ。絶対に倒してやる!っていう圧があったね」
よしおかん呼びが定着してきたので、「かなかな」と呼ばれると誰?となる。私をそう呼ぶのは数人しかいない。
「凄味あったかな、ひかりん」
ひかりんと私が呼ぶのは、私と1歳違いの声優、東井ひかりさんだ。ショートカットの可愛い系の見た目だが、少年ボイスが魅力の声優さんだ。
「よ、さすが炎上声優!」
「や、やめい!」
そして、何より芸人力が高い。ラジオも多く担当しており、私自身、何度も聞いて参考にさせてもらっている。
「いやー、だって誰も聞かないじゃん!ここは年齢の近い私が聞いておかないとね。皆、気になっていたでしょ?」
周りの声優さん、スタッフさんもうんうんと頷く。
「いや、何も気にすることはないですよ!今日は収録、大切な収録ですから!」
「もう終わったよー」
「そりゃそうだけど!」
「ズバリ付き合っているんですか?」
「付き合っていません!」
「ちぇっー」
露骨に残念がらないでほしい。
「あれは、その、営業、そう百合営業みたいな感じです!ラジオのネタなんですよ、そう、何もないですよ!」
「そういうことにしておくかー」
渋々、諦めてくれるひかりんこと東井ひかりさん。
「でも大変だね、かなかな」
「そう、ですね……」
私は先日開催されたラジオのイベントで、相方の佐久間稀莉に告白された。リスナーの前で、舞台の上で、「好き、大好き」と言われたのだ。2回目の告白。それは人として「好き」という意味、ではないことを知ってしまっている。
別に告白されること自体は問題では、いや問題だけど、大きな問題ではない。過去にイベントで頬にキスした女性声優もいたらしいし、戯れはむしろリスナーに喜ばれるレベルだ。
ただ告白した人が問題なのだ。
佐久間稀莉。17歳の女子高校生で、主要キャラを何度も務める、売れっ子声優。今、最も勢いがある女性声優といっても過言ではない、イケイケの人物。そんな稀莉ちゃんがやらかしたのだ。
男性に告白したり、熱愛が発覚したりするよりは悪意のあるコメントは少ない。それにイベント来た人しかわからない出来事で、ディスク発売や、放送予定もないのであるのは文字情報のみ。被害は最小限になっている。
それでもだ。好きな相手が27歳の私。17歳とは10歳差だ。それに「好き」という前に、彼女の私への熱烈なエピソードも語られたため、「嘘でした」、
「営業ですー」とやり過ごすには少々無理がある状況になっている。
稀莉ちゃんはSNSを特にやっていないので、ファンからの矛先は番組SNSと、私のSNSへと向けられている。あまりにメッセージ通知が多すぎて、事務所からはSNSを見ないでください!と連絡をもらった。うちの事務所がそこまで気遣うなんて珍しい。それでも、どんなこと言われているのかなーと気になっちゃうのが人のサガというもので、メッセージをついつい確認してしまう。
さらにまとめブログや、SNSの拡散により、情報だけがどんどん1人歩きし、火はますます燃え広がっている。
「大丈夫、かなかな。疲れていない?」
「ひかりん、ありがとう。疲れてはいないけどね。応えるコメントもあるよね」
中には過激な稀莉ちゃんファンもいるだろうが、直接的に「〇ね!」「〇す!」なんて憎悪むき出しのコメントは届いていない。
「ロリコン声優、そういう目で稀莉ちゃんを見ていたんですねー、職権乱用、犯罪とか言われるのは辛い」
「あー」
告白されたのは私なのだ。それなのに私のせいになっている。情報は流れに流れると、真実は薄くなり、事実は曲解されるのだ。
「でもね、別の困ったこともあって」
「別の困ったこと?」
東井さんが可愛く首を傾げる。
「祝福コメントが多い……!」
「ぶほっ」
「わ、笑うなって!」
「つ、つい、あはははっははははは」
「もうこっちは真剣なのに!」
「ご、ごめんって。あははははは」
そう、悪意のあるコメントよりも祝福コメントが多いのだ。「ご結婚おめでとうございます!」「やっぱりそうだと思っていました」「ただただ尊い」「同人誌におこしてもいいですか?」「新婚旅行はぜひうちの地元に来てください!」「披露宴イベントやりましょう」「年の差百合っていいですよね!」「素晴らしい」「生きていてよかったです」
何なんだ!いっそ、悪意ある方がマシだ。祝福されて、応援されて、どういう顔をすればいいかわからない。
「あはははは、腹いて―、最高」
ゲラゲラ笑う仕事仲間。愉快な話題を提供できたようで良かったです。
……はぁ、もう話す気分ではない。
「じゃあ、このお話は以上です。すみませんね、炎上しちゃって」
人の噂も75日。2か月半か……長い。
吉岡奏絵は一発屋の落ちぶれた声優だった。それが稀莉ちゃんと「これっきりラジオ」のパーソナリティを担当し、再び活躍するようになった。声優の仕事も増え、順調にきたと思った。
それが今は、「空飛びの少女」で主演の空音を演じていた時以上に、注目される声優となっている。ただそれは火事現場に群がる野次馬によるもので、私の力ではない。
あの子は大丈夫なのだろうか。こうなることを見越していたのだろうか。
良くも悪くも、この炎上のせいで毎日稀莉ちゃんのことを考えている。そんなこと報告したら喜びそうなので、気軽に言えないのもまた辛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます