第12章 待たね、ソワレ④

 楽屋に戻るもまだ興奮は冷めない。


「ひっどい昼公演だったね!」

「そうね!」


 稀莉ちゃんも力強く同意する。

 気づいたら一つのコーナーが最終回になっていたし、お客さんをイジリすぎたし、変態なリスナーさんが美少女だったし、ともかく色んなことが昼だけで盛りだくさんだ。どれも台本には予定していないこと。いや、ほとんど台本は空白ではあるのだけれども。


「どうしてこうなったのか」

「よしおかんがいうな」

「というか稀莉ちゃん考案の団扇ひどいね。舞台から見るとひどい。私が滑ると『もうこれっきり!』って出されるし、しょうもないギャグいうと『はい、破りますー』という面を出される。あれ、メンタル削られるんだけど」

「くれぐれも別イベントでは使わないように注意しないとね」

「このイベントでもだよ!あれは持ち込み禁止にしよう」

「それは駄目よ、あれも収入になるの。受け入れなさい」

「うぅ……」


 扉がガチャリと開き、スタッフが入って来る。


「お疲れ様です。お弁当お持ちしました」

「ありがとうございます」

「わーい、やったー」


 机に置かれた弁当は、なんと。


「〇々苑弁当だと!?一個2000円~4000円はくだらない、叙々〇弁当だと!?」

「あんた、興奮しすぎよ」

「いやいや、興奮するって稀莉ちゃん!?こんな高級弁当なかなか食えないよ」

「そう?何度かあるけど」

「かー、女子高生にこんな高級弁当食わせんじゃねーよ!」

「キャラ崩壊しかけているわよ、よしおかん」


 さすがイベントのお弁当だ。普段の差し入れとはレベルが違う。


「さあさあ、食べましょう!」

「急に元気になったわね……」


 弁当箱を開け、箸を持ち、お行儀よく述べる。


「いただきます」

「はいはい、いただきます」

「うまい!」

「感想早いわよ。もっと味わいなさい」

「疲れた後にはやっぱり肉ですね。肉 イズ ジャスティス。あっ、スタッフさん飲み物でビールはないですよね?」

「あるわけないでしょ!?」

「はは、冗談だって。……半分ぐらい」

「飲む気満々じゃない!?」


 舞台の空気をそのまま持ってきたみたいに楽しい食事風景が繰り広げられる。誰かと食べるご飯は楽しい。それが高級焼肉弁当ならなお楽しいのだ。


「そういえばフラワースタンド見た?」

「まだ見てない」

「私もなんだ、けっこう届いたみたいでさ、後で観に行こうよ」

「そうね、食べたら行きましょう」

「稀莉ちゃんは今までのフラスタって覚えている?」

「もちろん覚えている!って言いたいけど、さすがにね……。でも写真には全部撮ってあるわよ」


 稀莉ちゃんがスマホを取り出し、これこれと私に見せ、どれどれと私は覗き込む。


「おお、多い」

「ありがたいことにね」

「あー、イラストあると嬉しいよね」

「キャラだけじゃなく、私のイラストも描いてくれるとそれはそれで恥ずかしいけど、嬉しいわね」

「これオシャレ。ちゃんと花を合わせているのが偉い」

 

 フラワースタンドだけがファンの気持ちではない。ほとんどの人は関係していないことだろう。それでも想いが形になるのは、目に見えるのは嬉しいのだ。形にしなくても伝わるが、形にすればより想いは伝わる。


「よしおかんは貰って嬉しかったプレゼントってある?」

「お米券」

「夢がないわね」

「いやいや、すっごくありがたかったよ。私のエネルギーに変わるんだよ?ファンとしても本望じゃない?」

「そうですね」

「反応、淡白じゃない?」


 飲食品は事務所的に受け取れないが、券やカタログにして貰えると手にすることができ、テンションは上がる。


「でも、1番はお手紙かな。ファンからのお手紙って今でも大切に持っている」


 彼女は口をもぐもぐとしながらも頷く。


「特に嬉しかったのは、小さい子が書いたお手紙かな。空音のイベントの時にもらってね、可愛い字でね。空音のこと、好きですと書かれていて嬉しかったな。名前は書いてなかったので男の子か、女の子かわからないけど、一生懸命書いたんだろうなと思って、何度も読んじゃった。たまに読み返すと頑張ろうって思えるよね。稀莉ちゃん?」


 彼女は箸を止め、フリーズしている。でも顔はみるみる赤くし、


「お疲れさーん」


 陽気な声で植島さんが楽屋に入って来る。稀莉ちゃんも停止状態から回復し、再起動したのか、再び口をもぐもぐし出す。


「いやいや、二人とも良かったよ。びびっとスパークしちゃったね」

「ど、どうもです」


 かなりの上機嫌だ。


「特に良かったのが、即興劇だね、あのコーナーなんていったけ、妄想学?」

「劇団・空想学です!」

「ああ、そう、それそれ!」


 構成作家のくせにコーナ―名があやふやだ。他のとごっちゃになっているのだろう。私もたまに忘れる。


「テーマ、遊園地デートでお客さん盛り上がっていたね。二人の初々しい感じがウケていたよ。即興劇でこれだけできるって、二人の演技力を舐めていたよ。最後に吉岡くんから告白するくだりはリアル感があって良かったね。それに対し、佐久間君が言葉で答えを出すのではなく、抱擁で答えるとはお客さん大喜びだったね。いやー、今日最高潮に盛り上がった瞬間だったよ」


「……」

「……」


「あれ、どうしたの二人とも俯いて。いいよ、夜公演もさっきみたいな感じで頼むよ。化学反応バチバチだよ。遊園地デートといえばさ、二人とも実は練習してた?あの」


 二人とも合図はしていないが、すっと立ち上がり、


「あー、この部屋暑いですね」

「そうね、よしおかん。ロビーに涼みに行きましょうか」

「あっ、そういえばフラワースタンド見るんだったね。食べ終わったし、見に行こうか」

「それよそれ!行きましょう、今すぐ行こう。はい、レッツゴー」


 構成作家を置いて、私達二人は慌てて楽屋を飛び出したのであった。


「えっ、この部屋暑い?かなり冷房効いていると思うんだけどな……」

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