第11章 始まるマチネ⑦

「誓約書!?」

「あんたの言葉なんてもう信用しないから。こうやって証拠を残すの。いいわね、私をこんなに心配させたのだから」

「傍若無人だー」

「文句を言わずに書きなさい」


 書面に目を落とす。パソコンを使い、きちんと作成したのだろう。

 全部で5項目の約束が書かれている。


①困ったことがあったら、何でも話すこと。

②悩みはすぐに相談すること。一人で抱えないこと。

③嬉しいことがあったら、報告すること。


 こ、この女重てー……。

 えぇ、何でも話すの?嬉しいことも、悲しいことも、困ったことも、悩みも全て話すの?束縛しすぎじゃない?


「早くサインしなさい」


 急かす、彼女。

 私はさらに文章を読み進める。


④一人で解決しないこと。

⑤誰よりも私を1番好きでいること。


 ……。もう一度読み直す。


⑤誰よりも私を1番好きでいること。


「あのー」

「何よ!」

「5番目は私利私欲が駄々洩れというか」

「黙ってサイン書きなさい」

「えー」


 誰よりも1番、ね。

 この紙にどんな拘束力があるのかわからない。

 でも、確かに言葉だけじゃ不安になる気持ちは、痛いほどわかる。確証が欲しいのだ。私たちは不安定だから、少しでも安心できるお守りを欲する。

 それがこの紙っぺら一枚で済むなら、書くしかないだろ、私。

 ……本当にいいの?答えを出す前に、誓いをたててしまっていいの?

 稀莉ちゃんがずっと睨んでいる。怖い。拒否なんてできないじゃないか。

 急いでチェック欄に、全てチェックし、最後に署名。


「か、書いたわね。もうこれでよしおかんは私の物よ」

 

 あれれ、とんでもない誓約書に私は署名してしまったのだろうか。

 

「稀莉ちゃんの物なの?」

「そうよ」

「拒否権は?」

「誓約書書いたわよね」

「やっぱり無しに」

「駄目、もう鞄にしまったから。契約は取り消せないわ」


 横暴な。皆、契約は慎重にね。所有物や、魔法少女になってからでは遅いよ。

 そう思いながら、私も取り消すつもりはない。

 ただ釈然としないので、少しやり返す。


「稀莉ちゃん」

「なによ」

「一口もらうね」

「え」


 机に置いてあった、彼女のキャラメルラテを手にする。

 そして、ストローを口につけ、


「あ」


 甘さを堪能する。


「うん、甘いね」


 甘い。やっぱり苦いブラックな渋さより、甘みが人生を彩るんだ。


「むうぅ」


 目の前の彼女が顔を真っ赤にして睨む。本気で顔を真っ赤にする様子を見ると、私も何だか恥ずかしくなり、目を逸らす。

 

「よしおかんの馬鹿」


 私たちに足りなかったのは、本音でぶつかることだ。

 何を遠慮していたのだ、大人ぶっていたのだ。

 もう弱さは出し尽くした。私のすべてを知っても、彼女は私の隣にいることを選んでくれた。

 わざわざ誓約書なんか用意して、私の逃げ場を失わせてまでだ。

 この子もとことん不器用で、まっすぐで、一緒にいて飽きない。


「そう、私は馬鹿だよ」

「知っているわ」


 ここがスタートライン。もう後ろは振り向かない。振り向くことを、彼女が許してくれない。

 イベント本番はこれから。明日だ。

 さあ、最高の舞台を駆け抜けよう。 




 ざわざわとした会場がアナウンスにより静まり返り、私たちの登場で再度沸き立つ。


「こんにちはー、吉岡奏絵です!」

「こんにちは、佐久間稀莉です!」

 

 割れんばかりの拍手。

 そして、舞台の幕は上がった。

 

「せーので、行くよ」

「わかっているわよ」

「せーの」

「「これっきりラジオ、昼公演」」

「開幕」

「かいまふ」


「いきなり噛むんじゃないわよ!」

「あはは、ごめん稀莉ちゃん」

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