第11章 始まるマチネ⑤

 あと一カ月。

 そう思っていたのも束の間。あっという間に日々は過ぎ去り、季節は変化する。

 夏アニメの収録も終わり、まだ暑さも残す9月へ。

 ラジオのイベントは、もう明日に迫っていた。

 

 そして、私は、


「いやー、奏絵とのラジオは面白いわ」

「私も瑞羽とのラジオは気楽でいいよ」


 呑気に、友人と喫茶店でお茶をしている。


 アニメの宣伝として行うラジオ番組で、同期の瑞羽と共演をしており、ラジオの収録後、二人とも次まで時間があったので、こうやって話をしているわけだ。お互い主役ではないが、パーソナリティを担当させてもらっており、毎回楽しい空間を繰り広げている。

 9月から配信されるので、まだ世には出ていないが、『これっきりラジオ』とは違った私をお届けできることだろう。

 

「まだ2回目なのに、何回もやった気がするね」

「そうそう、さすが同期の奏絵だわ」


 息がぴったり合う。お互いのことをよく知っており、私もラジオの場数を踏んだからか、作家さんにも積極的に意見を言い、番組を盛り上げようとすることができている。

 

「ねー、これからも続けていきたいよね、12回じゃなくてさ」

「そうだといいけどねー。アニメ2期、3期とやってくれればいいけどさー」


 実際はそううまくはいかない。ほとんどのアニメが1期で終わってしまい、その後続く作品は稀有だ。いざ待望の2期が始まってもあまり売れずに、そのままコンテンツが終わってしまうなんてこともある。難しいのだ、続編は、続けることは。


「どうかした?」


 友人が問う。


「ううん、どうもしないよ」


 そう、どうもしない。一カ月前から、何も変わっていない。

 余裕ぶっこいて、つくり笑顔を浮かべて、平然を装っている道化師。


「奏絵さ」

「うん?」

「私とのラジオ楽しい?」

「もちろん、楽しいよ」

「佐久間さんとのこれっきりラジオより?」


 心臓が止まった気がした。

 瑞羽が悪戯に笑う。


「そ、それは」

「そんなことはないよね。奏絵はあっちの方がイキイキしている」

「そんなことっ、私はどっちも全力で」

「いいって、私に気を遣わなくて」


 気を遣ったわけではない。私はどちらにも全力で、……全力なのか?

 自分の考えに疑問符を浮かべる。

 私は、頑張っているのか?


「こっちの奏絵も面白いよ。確かに表面上は面白い。私のこともすっごく理解してくれていて、やりやすい」

「それなら」

「でも、それは型にはまった面白さ」


 それは自分が1番わかっている。わかっている、理解している。口にするな。言葉にするな。


「これっきりラジオだって、私は役を作っている。よしおかんという役を演じている!どっちも型にはめているんだ」

「違うよ。あれが奏絵だ。そして、私のラジオは無理して面白い奏絵でいようとする」


 訳がわからない。瑞羽が何を言っているのか。どっちも私じゃないか。よしおかんだって、無理した私だって、私なんだ。

 私は、私は……いったい何なんだろう。


「奏絵はさ、行動はまっすぐなようでさ、心はまっすぐにぶつかってこないんだよ。近づきすぎると少し距離を空けて保つ。適切な距離だと思う、場所に留まろうとする。でもそれはね、逃げだよ」


 奏絵は逃げている。

 友人の直球に、バットで弾き飛ばすことができない。


「何を迷っているのか、遠ざけているのかわからないけどさ、奏絵は抱えすぎなんだよ。まっすぐにぶつかっていけよ」

「……そんなことない」


 絞り出した声はか細い。


「奏絵は弱いんだ」

「弱く……なくない」

 

 私は弱い。すぐぶれるほど弱い。向き合っているようで、実は向き合っていない。真っ直ぐに走っているようで、真ん中の道路をチラチラ見ながら、側道を走っている。そして、明るい希望が眩しすぎて、足元を見失い、落っこちる。

 目の前の彼女は、私をよく理解している。

 だから、こんなにも腹立たしい。


「急に何なの!私に説教しに来たの!?」


 苛立つ私に、彼女は怯まない。

 そして、真剣だった表情が、苦笑いへと変わる。


「いやー、急に問い詰めてごめんね。頼みでさ」

「た、頼み?」


 急な変化に拍子抜けし、怒りがどこかに行く。

 彼女が私の後ろを指さす。

 そこには、可愛い女の子がガラスに貼りついて私を睨んでいた。


「き、稀莉ちゃん!?」

「じゃあ、私はこれで。後は二人でごゆっくり」


 驚いた顔のままの私を置いて、瑞羽が足早に去っていく。

 どうしてここに稀莉ちゃんが?頼み?稀莉ちゃんのお願い?

 疑問は解決せぬまま、彼女が私の目の前に現れる。


「ど、どうも」

「急にごめんなさい。こんなことして」

 

 いつもの毒舌な稀莉ちゃんはそこにおらず、丁寧な口調だ。居心地が悪い。だから、つい軽口を叩いてしまう。


「いやいや、浮気現場を見られたかと思って、心臓が止まったよ」

「……浮気していたの?」

「し、してません!あっちのラジオの現場の方が居心地いいとか思っていません」

「本当?」

「本当!誓うから!」

「じゃあ、もう抱え込まないでね」


 この子までそんなことを言ってくる。

 私はその言葉に。


 向き合わない。


「とりあえず、稀莉ちゃんの飲み物を買ってくるよ。甘いのでいいよね?」

「ええ、いいわ。戻ってきたら逃がさないから」


 顔が引き攣る。

 イベントを明日に控え、私は裁判所に出廷するみたいです。


 ……いや、わかっているんだ。明日が「これっきりラジオ」のイベントだからこそ、稀莉ちゃんは私と向かい合おうとしている。

 私が彼女の家に押し掛けたみたいに、今度は彼女が不意打ちを仕掛けてきたわけだ。


「お姉さん、アイスコーヒーと、キャラメルラテで」


 そう、これはあの日の再来。

 私と稀莉ちゃんが初めて二人で出かけて、喫茶店に行き、本音で話をし、距離を近づけたきっかけの日のやり直し。

 逃げるなんてことはできなかった。

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