第11章 始まるマチネ④

***

奏絵「イベントまであと一カ月ですね」

稀莉「あー、8月がずっとループすればいいのに」

奏絵「いいね。それなら私はずっと年を取らずに、若いままでいられる!」

稀莉「え、若い?」

奏絵「やめい、アラサーに響く追及はやめい」

稀莉「はいはい、今日は重大なお知らせがあります」

奏絵「な、なんと!イベントへの応募があまりに多すぎたため、公演数を増やすことになりました。昼に加えて、夜公演も行います。昼公演外れた方、お昼は予定があっていけない―と諦めていた方、ぜひ応募してください!」

稀莉「この番組が終わった後から、公式ホームページから応募できます。要チェックよ」

奏絵「いやー、2公演ですか、大変だ」

稀莉「ええ、アラサーには過酷ですね」

奏絵「おいおい、まだまだ体力はあるから」

稀莉「でも、ありがたいですね」

奏絵「そうだね、私たちのイベントに多くの人が来たい!参加したい!とたくさん応募してくれたから実現した夜公演です。本当にありがとうございます」

稀莉「ありがとうございます!」


奏絵「さらにここでリスナーさんが気になる、あの情報を解禁しちゃいます!」

稀莉「そう、イベントグッズの情報です!」

奏絵「初公開!なんと、すでに完成したグッズがここに届いています」

稀莉「うわー凄い!凄いけど、ラジオの音声では何も伝わらない!」

奏絵「そこは仕方ないよね。なので、グッズの写真はあとでスタッフさんがSNSにあげてくれます」

稀莉「では、1個目はこちら」


奏絵「イベントTシャツ!」


稀莉「定番のものね」

奏絵「おしゃれだね、これ。普段着でも全然いける」

稀莉「色は、ホワイトとスカイブルーの2種類です」

奏絵「いいね、夏っぽさが出ているTシャツだ」

稀莉「白色には真ん中に黒字で番組ロゴと、イベントの日付がプリントされています。スカイブルーの方は、白字で描かれていますね」

奏絵「それにさりげない工夫が色々とあります。一つだけ教えちゃいますね。袖のところを見ると」

稀莉「あっ、文字が入っている」

奏絵「そうなんです。アルファベットで私と稀莉ちゃんの名前が入っています。他にもいろいろあるぞー、ぜひ買って見つけて下さい。では、次!」


稀莉「次は、ラバスト!」


奏絵「ラバーストラップですね。わー、可愛い!私と、稀莉ちゃんがイラストになっています。描いてくださったのは、『へちまで水いらず』先生!ありがとうございます!本当に可愛いな」

稀莉「アニメに普通に出られる可愛さね」

奏絵「へへー、私が2次元デビューか」

稀莉「美化されすぎじゃない?」

奏絵「失礼な!皆にはこんな風に見えているんだよ!」

稀莉「はいはい。『へちまで水いらず』先生は、私たちのラジオを毎回聞いてくれて、安いお金で快く引き受けてくださったそうです」

奏絵「もっと払ってあげて!」

稀莉「えーっと、それぞれポーズがあって、私は手紙を破っているのと、よしおかんは年齢をいじられて怒っているシーンです、とのこと」

奏絵「いじられて怒っているのに、このラバスト、満面の笑顔なんですけど」

稀莉「私だって、ニコニコとした顔で手紙を破っているラバストだわ」

奏絵「……」

稀莉「リスナーさんにはそう聞こえているのね」

奏絵「いやー、音声放送で良かったわ。二人とも酷い顔をしているからね」

稀莉「見せられないわね……」


奏絵「次は、パンフレットです」


稀莉「こちらはまだ撮っていないけど、私とよしおかんの写真やインタビューが掲載されます」

奏絵「どんな風になるのかな。楽しみだね」

稀莉「そうね、いったい半年も経っていないラジオのことをどんだけ盛れるのかしら……」

奏絵「そ、そういうこと言わないー」


稀莉「さて、ここからシークレットグッズです」

奏絵「私と、稀莉ちゃんのそれぞれが考えたグッズです。そして、まだお互いどんなものか知らない、ここで初めて知るのです!」

稀莉「いったいどんなものが出るのかしら」

奏絵「楽しみだね」

稀莉「おぞましいわ」

奏絵「おぞましい!?」

稀莉「はい、よしおかんからどうぞ」


奏絵「どどーん」


稀莉「こ、これはコップ?」

奏絵「ビールジョッキです」

稀莉「は、はあ!?」

奏絵「ビールジョッキです」

稀莉「いや、聞こえなかったわけではなくて」

奏絵「夏といえばビールでしょ!?ビールに必要なのはジョッキ。ジョッキで飲むのは格別なの!」

稀莉「未成年の私に言われても」

奏絵「さすがにお酒は売れないので、未成年でも問題なく買えるジョッキです。子供はコーラや、お茶を入れて飲んでね」

稀莉「文字も入っているのね」

奏絵「ええ、勝手にロゴを作りました。音符と鉛筆マークに、YOSHIOKA BEERの文字。凄いでしょ」

稀莉「無駄なこだわり!」

奏絵「無駄じゃないよ。こういう工夫がビールを美味しくするのよ。あ、スタッフさん、私にももちろんくださいね」

稀莉「お金を払って、貢献してください」

奏絵「えー」


稀莉「では、私のはこちらです!」


奏絵「うちわ?」

稀莉「そう、団扇です」

奏絵「暑い夏のイベントでは重宝するねー」

稀莉「そう!さらにイラストと文字が描かれています」

奏絵「おお、YES、NO枕みたいな感じで、会場でお客さんが受け答えできるね」

稀莉「イエスノーまくら?」

奏絵「あっ、ごめん忘れて。続けて」

稀莉「う、うん。表には『もうこれっきり!』と書かれています」

奏絵「否定の言葉だね」

稀莉「裏には『はい、破りますー』です」

奏絵「どっちも否定!?」

稀莉「肯定なんてする必要ないわ」

奏絵「お、おう」

稀莉「ね、いいでしょ」

奏絵「会場の皆さんがこの団扇を持って参戦するのか……」

稀莉「よしおかんがつまらないこといったら、『もうこれっきり!』、『はい、破りますー』と会場のお客さんから上がるの。楽しいでしょ?」

奏絵「なにその私に辛い環境!リスナーさんからも否定されたら帰るからな!お前ら覚悟しとけ!」

稀莉「あはは」

奏絵「笑いどころじゃないんだけどな……」

***


 始まってしまえば、パーソナリティのよしおかんでいられた。今日も面白い、面白いはずだ。


「私にも、ラバストもらえますか?」


 稀莉ちゃんがスタッフに尋ねている。


「なんだ、稀莉ちゃんもやっぱりグッズ気に入っているじゃん」

「だって、私たちの初めてのイベントグッズなのよ。ジョッキはいらないけど」

「はは、家に送りつけてあげるから」

「一度家に来た人間が言うと、マジで送り付けてきそうだから笑えない」

「あはは」


 大丈夫、私は笑えている。

 


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