第11章 始まるマチネ③

 悲しいお知らせと、嬉しいお知らせ?


「どっちが聞きたい?」

「えぇ……」


 私も、隣の稀莉ちゃんも困惑する。良いことだけ聞きたいが、そういうわけにはいかない。


「それはラジオ収録が終わった後で、話すとしようか」

「いやいや」

「無理無理」


 気になって収録に集中できないではないか。隠されたまま、楽しく話せる気がしない。


「もうしょうがないな」


 植島さんが渋々承諾する。

 頭に浮かぶのはマイナスなこと。

 構成作家の交代。イベントの中止。番組にクレームが入った。人気のないパーソナリティ、つまり私の交代。番組の終了。


「じゃあ、悲しいお知らせからね」

 

 いきなりだ。身構える暇もない。

 ゴクリと唾を飲み込む。


「イベントチケットは抽選なんだけど、一日で予定枚数を超えた」

「お?おお!」


 予想していなかった朗報に反応が遅れる。


「本当ですか」

「本当、本当。好調すぎる」


 周りの声、お便りの数の増加から人気が上がっていることは理解していた。けれども、イベントは別。本当にファンはいるのだろうか、実在するのだろうか。イベントの席は埋まらないのではないだろうか。そう疑心暗鬼になっていた。 

 私たちのイベントに来たい人がこんなにも、いた。いたんだ!

 

「良かったー、埋まったんだ」

「ああ、すでに1公演で倍率10倍ぐらい」

「10倍!?」


 500人ぐらいのキャパだったので、すでに5000人の応募があったことになる。中規模な会場も埋まるレベルの応募数だ。


「まだ抽選締め切り日まで時間あるからまだまだ増えるだろう」

「そうなんですねー、よかった」


 嬉しさの前に、安堵の気持ち。良かった、私たちの「これっきりラジオ

」は受け入れられているんだ。


「でも、来れないリスナーが多いのは申し訳ないわね」

「そうだね、稀莉ちゃん……」


 せっかくの初めてのイベントなので、たくさんの人に来てもらいたいが、こればっかりは会場の規模があるので仕方がない。ラジオのイベントでライブビューイングするわけにはいかないし、それだけの価値ある時間をお届けできる自信がない。


「というか悲しいお知らせなんですよね?多くのリスナーが来れないのは確かに悲しいですが、席が埋まったのは嬉しいお知らせでは」


 稀莉ちゃんも「うんうん」と頷く。


「悲しいじゃん。数を見誤ったんだよ、プロとして悲しい。せっかくの儲けのチャンスが」

「あはは……、そういうことですか」


 初めてのイベントなので予測しづらかったのだろう。余るよりはずっとマシだ。


「えー、じゃあ嬉しいお知らせ行こうか」

「はい」

 

 植島さんが不敵に笑う。


「昼公演だけだったのを、夜公演も追加することになった」

「夜公演?」

「1日に2本」

「え、2公演?」

「そう、2公演。嬉しいでしょ?」

「来れるリスナーが増えるのは嬉しいですが」

 

 つまり、それは私たちの労働時間が2倍になるってことだ。どっちかというと、嬉しいお知らせと悲しいお知らせ、逆かな……。

 ともかく良かった。考えていたことが全て外れた。良かった、この場所は変わらないんだ。


「よしおかん」

「どうしたの、稀莉ちゃん?」

「あんたこそどうしたのよ」

 

 何を言っているんだろう。言われても気づかなかった。

 

「目」

「え」


 思わず頬を触る。目から水が溢れていた。

 どうしてだろう。

 自分でもわからなかった。何で私は泣いているんだろう。


「ごめんなさい、お手洗い行ってきますね」


 顔をおさえて、その場から逃げ出した。

 可笑しい。安堵して涙が流れてしまった。どんだけ私は追い詰められていたんだ。追い詰められる状況じゃないのに、ラジオも好調で、声優の仕事もあって、相方とも仲が深く、深まりすぎているけど、順調だ。

 鏡の中の私を見る。いつもと変わらないはずなのに、頼りなかった。

 そう、順調なのだ。

 私は『順調』であることに怯えている。一度、転げ落ちた人間だ。何か落とし穴があるのではないかと疑ってしまう。


「しっかりしろ、しっかりしろ……」


 鏡の中の私は、救ってくれやしなかった。

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