第11章 始まるマチネ②
「吉岡さん別録りでお願いします」
「はい、宜しくお願いします」
前半が終わり、休憩を挟んだのち、後半も録り終えたが、酷い出来だった。当然、散々な結果の私は居残りとなった。
「お先ですー」
「今度、詳しく聞かせてくださいね」
「じゃあ、また今度」
始まる前にトークで盛り上がっていた彼女らは、本番になると別人となり、いなくなった。役に入りきり、ミスもなく、無事に仕事を完遂した。
一方の私は台詞をすっ飛ばすし、噛むし、言葉を間違えるし、ひとり悪目立ちしていた。
まだまだ私は甘い。私と、役者の私は切り離せ。どんなことがあっても、役に徹しろ。自身の未熟さを痛感させられる。
音響監督が、部屋に一人取り残された私に合図をする。
「それでは、吉岡さん、3ページ目5行目からお願いします」
「はい」
気持ちをしっかりと入れ替えた後は、うまくやれた。家で、カラオケルームで嫌というほど台本を読み込み、発声し、練習したのだ。普通の私であればやれるのだ。問題なくやれる実力はある。でも発揮しなければ、その実力など無意味。やれるのにできなかった。
違う、言い訳を並べるな。私はすぐに揺らぐ。上手くいかない、これが私の実力なのだ。
でも、落ち込んでばかりもいられない。
「ありがとうございました」
アフレコ現場を足早に後にする。次に待っているのは、ラジオの収録。「これっきりラジオ」の現場だ。
切り替えろ。彼女の隣に立つ私は、しっかりとした声優でなくてはならないのだ。
「遅くなりました」
ラジオの収録現場に着くと、すでに稀莉ちゃん、スタッフが揃っていた。
「ごめんなさい、アフレコが少し長引きました」
「いいよいいよ、まだ雑談をしていたところだ」
構成作家の植島さんが特に気にしない様子で話す。普通に収録を終えていれば、問題なく辿り着いたのだ。これは私のミスで、至らない私が原因で。
「元気ないわね、よしおかん」
立ちつくしたままの私に稀莉ちゃんが話しかける。
「はは、外暑かったからね、夏バテかな」
「気をつけなさいよ、そうやって無理すると危ないんだから」
彼女の優しさが、逆に辛い。そう、私は一度無理をして倒れた。高熱なのに、ラジオの収録に来て、皆に迷惑をかけた。
繰り返してはいけない。もう間違ってはいけない。弱さを見せるな。前を向け。
「さあさあ、吉岡さん座って、始めるよ」
植島さんが急かす。椅子に座り、一息。落ち着け、落ち着くんだ。
しかし、私はすぐに揺らいでしまった。
あっ、と思い出したかのように、植島さんが軽い調子で告げた。
「そうそう、二人には嬉しいお知らせと、悲しいお知らせがあるんだ」
不吉なことを口走るのであった。
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