第10章 ふつおたではいられない⑥

 思わず零れた言の葉。告白するつもりなんてなかった。

 目が泳ぐ。奏絵を直視できない。

 心臓が自分のものじゃないかのように、激しく音を立てる。

 彼女は。

 困ったような顔をしていた。



 いつの間にか、音楽も鳴りやみ、パレードは終了していた。お客さんたちがざわざわと動き出す中、私はその場から動けなかった。パレードの中に取り残されたのは私たちだけ。

 真剣な眼差しが忘れられない。

 『好き』の2文字が頭から離れない。

 何か言わないといけない。でも、何を言えばいいのか。どんな言葉を返してあげればいいのかわからなかった。

 この場所で、このタイミングで言った台詞。人として『好き』でもなく、家族として『好き』でもなく、ネズミの国が本当に『好き』でつい出た言葉でもなく、パレードが綺麗で『好き』といった意味ではない。

 私という個人が『好き』。頭が追いつかない。

 縁のない言葉。その台詞は映画やドラマ、アニメ、またはゲームの中で聞く言葉。私に届けられる言葉ではなかったはずだ。

 それも、稀莉ちゃんからだ。

 嫌なわけではない。困惑した。では、何なんだ。

 答えが欲しい。私のこの気持ちに回答が欲しい。


 だから、私は微笑んだ。

 出てきたのは、別の言葉。


「そろそろ行こうか」

 

 笑ってごまかした。逃げの言葉。答えなんてわからないから、逃げた。

 彼女も私の言葉にゆっくりと頷く。


「……うん」


 約束通り、パレードが終わったら隣接している宿泊地へ行かなくていけない。彼女の母親、メイドさんとの約束だ。遅い時間の今、ずっとここにいるわけにはいかない。

 そんな思いは、嘘。

 言い訳を頭の中で必死に並べ、正当化する。

 稀莉ちゃんは頷くも、固まったままだった。

 だから彼女の手を握る。反応した。


「豪華なホテルなんだよね、楽しみー。キャラのグッズ置いてあるんだよね」

「うん」


 明るく装う言葉に、彼女の返しは少ない。

 繋いだ手。歩き出す4つの足。

 数時間前と違った意味を持ってしまった絆。変わった。もう後戻りはできなくなってしまった。この逃避は一時しのぎで、私の心には、棘が深く突き刺さったままだ。

 思わずにはいられない。「どうして、私なんだろうか」と。

 でも近くにいるはずの、手を繋いでいる稀莉ちゃんに聞けない。聞けばいいのに、聞けない。

 ホテルのエントランスに着くまで、お互いに黙ったままだった。




「稀莉ちゃん、先にシャワー浴びる?」

 

 豪華なホテルなのでそれなりに広い。が、密室空間に2人だけという状況は非常にマズイ。心の衛生的に。

 だから、私はここでも逃げを選択する。一人になれる時間を求める。シャワーを浴びればお互い少しは冷静になるだろう。祭りの興奮も冷めるはずだ。

 ベッドは2つあり、奥のベッドに稀莉ちゃんが座っている。こちらを見ず、下を向いている。心ここにあらずで、返答がない。


「稀莉ちゃん?」


 ようやくこちらを向いた。視線はかみ合わないけど。


「お、お先にどうぞ……」

「じゃあ、お言葉に甘えて先に浴びてくるね」 


 そういって、部屋から出ていき、脱衣所に行く。1人になった私はやっと冷静に考えることができる。

 ラジオの相方とテーマパークに遊びに行ったら、告白されて、今同じ部屋にいる。


「い、意味がわからないな……」


 いや、意味はわかっている。どうやら稀莉ちゃんが私を好きらしい。彼女の反応からさすがにドッキリではないと思う。

 それはいつから?ラジオを組んでから?最初は私のこと馬鹿にしていたし、回を進むにつれてから?

 果たしてそれは本当に「好き」なのだろうか。学生時代にありがちな、上の先輩への憧れといったものではないのだろうか。と思ったけど、稀莉ちゃんに憧れられる要素ないわ、私。悲しい。

 鏡の私が見える。何度も朝見る顔。見慣れて特に何も思わない容姿。何も特別なことなんてない。 


「好き、か」

 

 好きって何だろう、とアラサーになる私が考えるのもどうかしている。鏡の向こうの私の頬が、いまだに真っ赤なのもどうかしている。



 シャワーを浴びても、頭は冷えない。顔が熱い。ずっと熱を帯びている。

 頭の中では言葉がずっと繰り返し再生されている。「好き」「好き」「好き」「好き」「好き」

 冷静になるどころか、悪化している。考えれば考えるほど、深みに嵌る。

 不仲関係から、仲良し関係へと思っていたが、ぶっ飛びすぎている。


「い、意味がわからないよ……」


 嘆きは、シャワーの音ですぐにかき消される。

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