第10章 ふつおたではいられない⑤

 ライブ会場というには小さなステージで、歌うのはエンディング曲とキャラソンの2曲だけのたった10分程度。はじめてのステージ。経験なんてほぼ皆無。何度も練習したが、緊張で足が震える。歌の出だしは声がしっかりと出なかった。

 それでも私は挫けなかった。だって空音ならどんな苦境でも負けない。激しい戦闘でも楽しんで笑うはずだ。私は精一杯に歌った。

 空に奏でる音は会場を沸かした。

 震えていたはずの足はいつの間にかしっかりと地面を踏みしめ、力強く前を見ることができた。

 「綺麗」と心の中で思わずつぶやいてしまう。

 緑、黄色、赤、青のサイリウムのエールが私に送られる。今まで見たことのない幻想的な光景。ステージから見た光る芸術は、今でも心のフィルムに焼きつけられている。

 この場所が「好き」だと、声優になれて良かったと思えた瞬間だった。




「綺麗だね」

「本当に綺麗」


 夜空の下で幻想的な光景が繰り広げられる。眩しく光る乗り物にマスコットが乗り、愛想よく手を振る。ついつい私たちも手を振り返し、きゃっきゃと喜ぶ。

 音楽が陽気なものに変わり、ダンサーたちが踊り出し、見とれてしまう。


「あっ、くま!」


 稀莉ちゃんは踊っているマスコットのクマを発見したみたいだ。

 年相応に、無邪気にはしゃぐ彼女を見るのは楽しい。私も気分が高まり、つい言葉に出してしまう。


「楽しいね」


 普段とは違う世界。部屋に閉じこもっていたら見れないセカイ。


「うん、楽しい」


 隣の彼女が笑顔で肯定し、全てが報われた気がした。ここまで来れて良かった、と心が充たされる。

 今年の春前まではただの声優の同業者だった。私はただの名前のない脇役で、彼女は主役級をバンバンと射止める期待の女子高生声優。普通に生きていればまず出会うことのない二人。声優業界で働いていても、なかなか共演する機会がなかったであろう。そんな交わらないはずの私たちが巡り会った。

 それは誰かの意図かもしれないし、運命かもしれない。

 どちらでもいい。私たちは、出会ったのだ。そして、私たちは変わった。混ざり合って、化学変化して、まだ発展途中である。


 でも楽しいことにもいつか終わりが来る。

 永遠なんてなくて、いつかは最終回がやってくる。


 音楽が最高潮に達し、いよいよパレードもクライマックスだ。

 光はさらに勢いを増し、ダンスも激しいものとなる。見ているだけで楽しく、私は目を奪われる。


 だから、人々は魔法を求める。

 永遠の魔法。繋ぎとめる願い。


 夢中で気づかなかった。

 繋いだ手。

 いつの間に、彼女と私は手を繋いだのだろう。今日、何度も手を繋いでいたので、今更不思議に思うことはなかっただろう。

 でも、私は横を見た。

 彼女と視線があった。

 どうして視線が合うのか。だって、今は終わりを迎えるパレードを見る場面で、私をじっと見つめる所ではない。


「どうしたの?パレード終わっちゃうよ?」


 彼女は答えない。

 ガラス細工のように煌びやかな瞳が潤む。

 ぎゅっと手を強く握られ、痛い。

 彼女が下を向く。

 BGMは最高潮なはずなのに、ここだけ隔離されたかのように音が消えた。周りの音が耳に入らない。

 深海に潜ったかのような息苦しさに不安を覚えた。嫌な予感がした。それは、日常が変わってしまう音。


 隣にいるのが当たり前となった。日常となった。

 隣にいないのが怖くなった。それは非日常となった。


 永遠を求めるため、言葉は紡がれる。

 彼女が顔を上げる。


「好き」


 2文字の言葉が耳に届き、反芻する。

 当たり前の日常は唐突に終わり、世界は急加速し出した。

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