第10章 ふつおたではいられない④

「あはは、稀莉ちゃん、ひどい顔」

「奏絵だって、ブサイクじゃない」

「おい、ブサイクは辞めろ、傷つく」


 コースターが滝つぼに落ちる決定的瞬間をおさめた写真を見て、二人ではしゃぐ。有料ではあるが、ついつい記念にと買ってしまいがちだよね。記念、記念。そうやって物が増えていくんだよな……。

 

「それにしても大きな声出しすぎじゃない」

「別に怖いんじゃないよ」

「どうだか」

「マナーだよ、マナー。無反応だと逆に失礼じゃん。こういう時ははしゃがないとね」

「それもそうね」

「さあさあ、次は何処に行くんですか、お姫様」

「そろそろファストパスの時間だから、そっちに向かいましょ」

「稀莉ちゃんにはシューティング技術負けないよ!」


× × ×

「愉快な船長だったね」

「私達も学ぶことがあるわ。あんな風にして人を喜ばせるのね、勉強になるわ」

「もう少しでラジオイベントだものね」

「あー思い出させないで~」


 遊びに来ているのに、ついつい仕事のこと考えてしまう。日に日にラジオイベントが近づいているのだ。考えてしまうのも仕方がない。


「稀莉ちゃんはイベントにけっこう出ているよね」

「それなりにね。でも、だいたい台本あるからそれを読むだけで」


 アトラクションの待ち時間は長い。が、こうやって二人で世間話をすることもなかなか無いので、話も尽きない。


「稀莉ちゃん、アドリブ下手だもんねー」

「失礼ね。でもその通り。何かを演じるのは得意だけど、自分を出すのはよくわからない」


 何かにはなれる。でも、自分にはなれない。自分が何か、わからない。


「でもね」


 どんな役でも上手に演じられる彼女にも悩みはある。それは何でもなれてしまうからの苦悩。


「奏絵と話していると、あーこれも自分なんだなって思えるの」

「毒舌の稀莉ちゃんが?」

「そう言われると否定したいのだけど、それも私の一部なのよね」

「全部ではないんだね」

「腹黒成分が100%だったら奏絵も嫌でしょ?」

「そうだね、天使な部分の稀莉ちゃんも残しておいて欲しいね」

「奏絵以外には天使」

「ひっどーい」


 私と話していると、自分が出せる。

 嬉しいことを言ってくれるものだ。


「あ、進んだよ」

「やっと乗れるわ」


 同じであることが、嬉しい。


× × ×

「もぐもぐ」

「もぐもぐ」


 お昼をしっかりと食べたのに、二人してポップコーンをほおばっている。


「稀莉ちゃんのも頂戴」

「じゃあ奏絵のも」


 お互いに違う味を買ったので、相手の味も気になってしまう。


「しょうゆバターもなかなかね」

「ミルクチョコレートも甘くて美味しい」


 キャラメル味や、ソルト味もあるが、せっかくだから普段は食べない味を二人して買ったのだ。カレー味には挑戦する勇気はなかったのだけれども。


「あとはチュロスも食べないとね」

  

 まだまだ食べる気だ、この子。


「チュロスも色々な味があるのよ。シナモンは定番として、ストロベリーやメロンソーダー味もあるのよ!」

「く、詳しいね」

「もちろん!」


 これは私も買わないといけない展開だ。カロリーが気になる年頃だけど、こんだけ園内を歩いているから今日だけは許してよね?と身体に言い訳。お酒を飲まないだけマシだよね?


 

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎる。

 暑い日差しも影を潜め、空はオレンジ色へ変化を遂げる。そして、やがて暗闇へと誘われる。

 一日中遊び通したのだ。疲れないわけがない。でも、隣の彼女はずっと元気で、そして今はキラキラと子供のように、いやまだ子供といえば子供な女子高生なんだけど、目を輝かせていた。


「もうすぐね!」


 弾む声は興奮を隠しきれない。

 彼女にとってはメインディッシュの、夜のパレードがまもなく始まるのだ。


「もうすぐね!もうすぐ!」

「わかっているって」


 本当、楽しみにいているみたいだ。こっちも何だか嬉しくなってくる。

 陽気な音楽が流れてくる。

 私の心もワクワクせずにはいられない。

 

 そして、現れた光の芸術に、彼女の笑顔が咲き誇る。

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