第10章 ふつおたではいられない③

 白色のストライプのスカートに、ブルーのダンガリーブラウス。青空の中に浮かぶ雲のような色合いに、夏らしさを感じる。


「何よ、じろじろ見て」

「夏らしい格好だね」

「そう」

「可愛いね」

「うぐっ」


 稀莉ちゃんが奇妙な声を出し、顔を手でおさえ、下を向く。あれ、怒らしちゃったかな。女の子は服装褒められると嬉しい生き物だと、ギャルゲーで学んだのに。


「大丈夫、稀莉ちゃん?」

「だいじょばないわよ、……今日生きて帰れるかしら」

「生きて?」


 実は園内がゾンビだらけだったり、怪獣が出現したりするのだろうか。


「もうさっさと行くわよ」


 スタスタと歩き出す彼女の後を追う。園内前に時間をつぶしている暇などないのだ。楽しいアトラクションが待っている。


「あ、あの」

「どうしたの、稀莉ちゃん?」

「よしおかんの格好も新鮮だからっ」

「ふふ、今日はせっかくの稀莉ちゃんとのお出かけだからね」

「だから、その」

「うん?どうしたの?」

「きれい」

「へ?」

 

 思わず足が止まる。普段は辛辣な彼女から出た賛辞。たった一つの言葉に動揺する自分に驚く。

 なんだ、間違っていないじゃん。褒められると嬉しいじゃん。


「待ってよ、稀莉ちゃん」


 追いかける足が軽い。彼女の隣に並ぶのは簡単なことだった。

 


 さすが夏の休日。まだ早い時間だというのに、園内は家族連れや、カップルさん、学生さんで溢れ、込み合っている。


「混んでいるねー」

「そうね」


 困ったものだ。この炎天下でずっと並んでいるのは体力的にも、精神的にもくる。


「これは計画的に決めないと、あまりまわれなくなっちゃうね」

「これ」


 思わず疑問符を浮かべる。稀莉ちゃんが取り出したのは紙の冊子。こ、これは。


「旅のしおり?」

「ち、違うけど、そんなものよ」


 冊子を開くと文字がぎっしり詰まっていた。

 まわるアトラクションの順番、ご飯を食べる場所、パレードの時間などなど、事細かに書かれている。

 ……稀莉ちゃんって、デートプランをガッチガチに考えてきてしまう子だったのか。


「ごめん、本当はよしおかんと相談して計画を立てるべきだったよね?苦手なアトラクションとかあったらごめんなさい。ジェットコースター大丈夫?ホラー系は?ご飯は和食、それとも中華が良かったかしら」

「ストップ、ストップ!」

「な、何よ」

「落ち着こうか」


 普通こんなに考えてこない。わざわざしおりにして準備してくるなんて重症だ。もう、ズレていて可愛い子なんだから。


「こんな真剣に考えてこなくても大丈夫だったよ」

「だ、だって、私、あまり友達と出かけたことないし、アニメのデート回ではこうしていたし……」


 残念、ここは2次元ではないんだな。いや、デートに水筒とか持ってきちゃう子大好きですよ?


「私は苦手なのないから、出来る限りまわろうか。さすがにこれ全部は無理だけど」

「そ、そうよね……」


 あー落ち込まないで。


「稀莉ちゃんは間違ってないよ。考えてくれてありがとうね、嬉しいよ」

「う、うん!」


 彼女の顔に元気が戻る。それでいい今日は楽しむ日なんだから。

 そして、もうひとつ注釈。


「あと、今日はよしおかん禁止ね。あれはラジオ限定で」


 こういうやり取りをするのも何回目かわからない。気を抜くと、当たり前のように『よしおかん』になってしまい、私も何の疑問も持たなくなってしまう。危ない、危ない。


「わ、わかったわよ、……奏絵」

「宜しい。では、早速リストの1番上の所に行こうか、稀莉ちゃん」

「ええ」


 と進みだしたのはいいものの、


「ねえねえ、稀莉ちゃん……っていない!?」

「か、奏絵待って」


 隣で喋っていたはずの彼女が5メートル後ろにいて、そして人の流れに巻き込まれていた。何とか脱出した稀莉ちゃんが私の元にやってくる。


「ごめん、ごめん。付いて来ていると思って」

「人多すぎ。皆、ここに期待しすぎじゃない?」


 あなたが言いますか、あなたが。

 仕方ない。はぐれて迷子になってしまったら困る。連絡先は交換しているが、この人の多さだと、電話の声もまともに聞こえないだろう。


「こんなに混んでいるからさ」


 だから、私はそっと手を差し出す。


「おやつなら持ってきていないわよ?」

「そんな食いしん坊じゃない!」

「じゃあ何?」

「はぐれないように、ね」


 彼女が差し出した手の意味を理解する。少し戸惑いながらも、私の手をそっと握る。よし、これで安心だ。


「さぁ、今度こそ出発進行ー」

「声大きい、恥ずかしい!」


 そう言いながらも彼女はこの手を離さない。


「そっか」

 

 思わず声に漏れる。

 手を繋いで、気づいたことがある。


 だから、私は、そっと手を差し出した。

 違う。

 違うことを理解してしまった。迷子になるなんて方便で、言い訳で、私は失うことを恐れている。

 仕事を、ラジオを、彼女を。

 違う、『私』をだ。

 キミを知るためではなく、私の確認。繋いだ手でキミを感じて、私がいることを実感できる。キミがいるから、私がいる―。

 キミが隣にいないと、私は私じゃない。キミが隣にいるから、私でいられる。

 気づかせてくれた、気づかされてしまった。


「そうなんだなー」

「何がよ」

「私って」


 この小さな手が離せなくなってしまったんだなって。

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