第10章 ふつおたではいられない
第10章 ふつおたではいられない①
どうしてこうなった。
「稀莉ちゃん、先にシャワー浴びる?」
憧れの人で私に夢を与えてくれた人。
大人なようで、無邪気なところもある可愛い人。
ずっと大好きで、声を聞くだけで幸せになれる人。
弱い所もあり、情けない所もあるけど、私を笑顔にしてくれる人。
そして、私のラジオの相方である、大事な人。
「稀莉ちゃん?」
「お、お先にどうぞ……」
心臓が飛び出る勢いでバクバク音を鳴らす。
ベッドに腰かけていてよかった。立っていたら確実に倒れている。
「じゃあ、お言葉に甘えて先に浴びてくるね」
いつもみたいに調子のよい言葉が出てこない。餌を求めるお魚のように口がパクパクするだけで声にならない。
彼女が部屋から出ていき、一人になった私はやっと冷静に考えることができる。
彼女とテーマパークに遊びに行ったら、同じ部屋に泊ることになった。
「い、意味がわからない!」
いや、意味はわかるのだ。あらかじめ隣接するホテルを予約し、宿泊することになっていた。母親公認。決まっていたのだ、予定通りのはずなのだ。
でも、いざ同じ部屋に入ると、頭が真っ白になり、緊張でロクに喋れず、挙動不審になった。
わかっていなかったのだ。きっと夢だと思っていた。そんな都合の良いことが起きるはずがない。どうせ中止になる、何かトラブルが起きて駄目になる。いきなりゲートが現れて異世界に飛ばされるかもしれない。怪獣が現れて、施設がめちゃくちゃにされるかもしれない。悪役に攫われて、ロボットに乗って戦闘になるかもしれない。
そう考えて、現実逃避をしていたのだ。
でもここはアニメの世界ではなかった。現実世界では何も起こらない。
いや、私にとっては一大事だった。
私、佐久間稀莉は、吉岡奏絵と今夜同じ部屋に泊る、泊まるのだ!
「意味が、わからない!」
いや、意味はわかるのだ。あらかじめ隣せっ。
シャー……。
聞こえるシャワーの音に背筋を伸ばし、身を固くする。
マズイ、まずい。
お風呂場には一糸まとわぬ姿の彼女がいる。
その驚愕の事実に、早かった心臓の鼓動がさらに加速する。
マズイ、まずすぎる。
ふと横を向き、鏡を見ると真っ赤なゆでだこがいた。笑えない、それは顔を林檎のように真っ赤にした私だったのだ。私であって、私ではない何かだった。
もうふつうのオタクではいられない。
いや、もうふつうのオタクであった私はすでにいなかった。
だって、私は言ってしまったのだ。
パレードを見て、高まった気持ちで。
「好き」と。
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