第9章 編集点からReStart⑦

 足早に、と言いたいが足取りは重い。階段をゆっくりと上り、2階へたどり着く。

 ぱっと見ただけで、5つほど部屋がある。これはどの部屋が稀莉ちゃんの部屋なのか迷うなと思ったが、扉にアルファベットで「KiRi」と書かれている可愛らしいプレートを発見したので杞憂に終わる。

 ひとつ息を大きく吸い込む。

 やることは報告するだけだ。決まったことを言うだけ。稀莉ちゃんが納得してくれればいい。何も悪いことを話すわけではないのだ。


「稀莉ちゃん」


 掛け声と共に扉をコンコンとノックする。反応はない。

 けど、扉を無理やり開けるようなことはしない。


「扉越しでいいから聞いてほしいんだ」


 相変わらず反応は無いが、私は続ける。


「稀莉ちゃんに黙ってこんなことして、ごめん。いきなり家に来たのは非常識だと思うし、稀莉ちゃんにとっては嫌なことだと思う」


 共演者がいきなり家に訪れるなんて、番組のコーナーでも笑えない。


「でも、稀莉ちゃんを傷つけるためにやったことではないから。それは信じて」


 扉の先から物音も聞こえない。布団を被っていたり、ヘッドフォンをしていたりしたら私の声なんて聞こえないかもしれない。


「稀莉ちゃん、テーマパークに行くの楽しみにしてたよね。特にパレード。それが夜間の外出禁止になり、見ることができなくなった。落ち込んでいたよね。見ているだけでわかった。どこか元気のなくなった稀莉ちゃんを見るのが私は嫌だった」


 でも、私は続ける。私は声を届ける。


「だから、私は稀莉ちゃんを救いたかった。稀莉ちゃんが笑顔になって欲しかった」


 私は何度も彼女に救われた。今度は私が救う番だ。


「そのためにはお母さんを説得するしかないと思ったんだ。ごめんね、私、馬鹿だから上手い方法が見つからなくて。ぶつかるしかできないんだ」


 それが私なのだから。


「お母さんに承諾してもらったよ。一緒にパレードを見ていいって。見られるよ、稀莉ちゃん。やったね」


 ここまではいい。「で、その条件が」とテンション低めで言葉を続ける。


「パークのホテルに一緒に泊ることなんだよね、あはは。夜間外出は危ないから泊まってきなさいって、まいったねー」


 どんがらがっしゃん。

 部屋で大きな物音が鳴り、慌てて私は扉を開けようとする。


「大丈夫、稀莉ちゃっ」

「待って!」


 一瞬扉が開いたが、内側から勢いよく押され、戻される。


「入ったら絶交よ!」

「お、おう、わかった」


 そんなに部屋見られたくないのかな?まぁ、年頃の女の子だからしょうがないか。

 それより稀莉ちゃんはしっかりと私の話を聞いてくれていた。届いていたのだ。


「泊まりって何よ!?」

「そのままの意味だと思いますが。ホテルに宿泊」

「いやいや、ありえないって。無理、無理よ」

「私もそう思うのだけど、稀莉ちゃんのお母さんとメイドさんがそういうのでね」

「あの二人……。泊まりなんて無理だから」


 ですよね。


「でも、稀莉ちゃん。それだとパレードが見れないよ」

「うっ」

「稀莉ちゃん、私とのお泊りはどうしても嫌?」

「そういうわけでは……」

「私はずっとベランダにいてもいいから」

「ベランダあるかわからないし、さすがにそんな扱いできないわ。あー、もう」

 

 中から立ち上がる音が聞こえる。


「1階で待っていて。二人の前で話すから」


 ここでの話は終了。「うん、わかった」と言い、私は元の場所へ舞い戻る。


「どうだった」

「どうでした」


 戻るなり、興味津々な二人が迫る。「ちょっと待っていてください」と言い、静かに待つこと数分。扉が開き、稀莉ちゃんが目の前に現れた。


「お母さん、晴子さん」


 稀莉ちゃんが軽く頭を下げる。


「ありがとう」

「うう、こうやって稀莉は嫁いでいくのね」

「違うわ!あー、パレード見ること許してくれてありがとう。お言葉に甘えさせていただきます」


 稀莉ちゃんの母親が嬉しそうに目を細める。


「うんうん、吉岡さんと泊まってくるのね」

「……そうなるわね」

「楽しんできなさい」

「ええ、まあ」


 決まってしまった。確定してしまったのだ。


「吉岡さん」

 

 苗字呼びで稀莉ちゃんに呼ばれ、違和感から反応が遅れる。


「は、はい」

「お世話になります。宜しくお願いします」

「うん、こちらこそ宜しく、お願いします」


 なんだこれ。

 帰りが少し遅くなるのを許してもらうだけだったのに、とんでもないことになってしまった。

 稀莉ちゃんと宿泊。

 やばい、マズイ。

 ラジオのネタにしたら、絶対に面白い。

 

 ……そういう発想をする時点で、私はラジオパーソナリティの鏡だなと思いました、マル。

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