第9章 編集点からReStart⑥
だから、『泊まって』くればいいのよ。
その言葉に思考が止まる。
「え」
「だから、パークのホテルに泊まってきなさいと言っているの」
「え、ええええええええ!?!?!?」
聞き間違いでも、勘違いでもなかった。
言葉の意味はわかるが、真意が全くわからない。
「それならパレード終わって、遅い時間に自宅まで帰って来る必要ないでしょ?」
「そ、そうですが」
斜め上過ぎる解決法である。
パンがなければケーキを食べればいいじゃない。いやいや。
帰りが遅くなるなら、隣接するホテルに泊まれば安心じゃない。いやいや。
「私が、大事な娘さんとお泊り、しても、大丈夫、なんですか!?」
「え、大丈夫でしょ?」
「はい、吉岡様なら安心です」
何だろう、会ったのは2回目と1回目なのに、母親とメイドさんに信頼されすぎている。
「むしろ心配なのは稀莉さんの方というか」
「そうね、あの子が暴走しないか心配だわ」
「でも、こうでもしないと稀莉さんですからね」
「ええ、あの子強気に見えて、弱気だからね」
二人でこそこそ話をしているが、ばっちり聞こえてくる。稀莉ちゃんが心配?どういうこと?
「あのー」
「あらあら、こっちの話です。吉岡さんは何も心配しなくて大丈夫です」
「本当に大丈夫なんですか!?」
「あっ、お金の心配はしないでください。うちが負担しますから」
「いえ、そちらの心配ではなくて!それに悪いです、お金を出してもらうなんて!」
「チケット譲ってもらったんだから、これぐらいはねー」
「そうですね、理香様」
何とか説得し、宿泊代は自分の分は払うことになったが、ちょっと待て。
「いやいや、危うく納得しそうになりましたよ!お泊りはさすがに不味いですって!アラサー女性が20歳にならない女子高校生とお泊りだなんて!」
言葉にすると完全にアウトだ。
「大丈夫よ、仲の良い姉妹か、従妹にしか見えないわ」
「稀莉ちゃんも私とお泊りなんてしたくないと」
「そんなことないと思うわ」
「そうなんですかね……」
何を言っても母親とメイドさんの決断を揺らがすことはできない。
確かに「宿泊」なら、夜に出歩くこともないし、帰りも遅くならない。急な宿泊なら問題だが、相手がわかっているなら問題ないという二人の判断。そして、この方法ならパレードが最後まできちんと見ることができる。
私の問題は全て解決してしまう。けど、いいのか、本当にいいのか。いやいや、私が考えすぎなのか。共演者との旅行、友達とのお出かけ。もっと軽く考えるべきなのか?それに二人でお泊り旅行なんて絶対に楽しい。私たちがさらに仲良くなるためのイベントになるだろう。
そう、これもきっと「これっきりラジオ」のためなのだ。
迷う必要なんてないはずなのだ。
「うちの稀莉が迷惑をかけたらすみません」
「そんなことないです。いつも迷惑をかけるのは私です」
これがきっと最適解なんだ。
「稀莉さんが喜んでくれるなら私は喜んで頑張ります。彼女が笑顔になるパレードのために、娘さんを一日預からせていただきます」
がちゃり。
扉が開いた。
「はい、うちの稀莉を宜しくお願いします」
「はい、稀莉さんを笑顔にしてみせます」
「ただいまー、お腹空いたー……っ!?」
ちょうど稀莉ちゃんが帰ってきたのであった。
「あ」
「あら」
「ふふ」
「え、え」
4人はそれぞれ別の顔を浮かべる。しばしの沈黙を私が打ち破る。
「ど、どうもお邪魔しています」
「な、なんでよしおかんがいるのよおおおおおお!!!!」
「お母さんの前で、おかん呼びは辞めて!!」
「ここ、私の家よね!?間違えていないよね?」
「お母さんが呼んだのよ、吉岡さんを。一度話してみたかったの」
「そうなの?」
稀莉ちゃんが私を疑いの眼差しで見る。せっかく佐久間さんが話を偽ってくれたので乗るしかない。
「そ、そう。私も謝らなきゃいけないと思っていて、前回のことがあったから」
「そしたらお母さんね、稀莉をください!って言われちゃった」
「ふふ、熱烈でしたね」
「く、くだ、くだくだ」
稀莉ちゃんの顔が真っ赤に染め上がる。
「ち、違う!稀莉ちゃんを、預からせてください!って言ったの。あ、ず、か、ら、せ、てっと」
「私を預かる?お母さんは私を宜しくお願いしますって言っていたよね?え、どういうこと?何なの?私を笑顔にする……?えっ、結婚の挨拶なの?娘さんをくださいっていうあれなの?」
「ち、違うから稀莉ちゃん!」
さらに林檎のように真っ赤になった彼女は大声を上げ、
「ば、ばかああああーーーーー!!!!!」
許容量オーバーした彼女は部屋から逃げ出した。
残された私とご家族とメイドさんの二人。
「これ、どうするんですか?」
「どうするって、逃げたら追いかけるしかないでしょ」
「そうですよ吉岡様、追いかけてください」
絶対、この二人楽しんでいる……!私たちを揶揄い楽しんでいるっ。ニヤついた顔で逃げた方向を二人で指さないで!
「いってきます……」
こうなったのもここを訪れた私の責任なのだ。それに彼女に早く伝えなければいけなかった。最近落ち込んでばかりの稀莉ちゃんに、パレードが見れるようになったよ!って。
そのためには「お泊り」が必要条件なのだけどね……。
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