第9章 編集点からReStart⑤

「こちらです、吉岡様」


 門をくぐり、豪邸の中に入った私を柳瀬さんが案内する。広すぎるし、扉が多い。一人では迷子になりそうだ。

 歩きながら、ちらちらと家の中を見る。何を描いているのかはわからないが、高そうな絵画があったり、大きな壺があったり、真っ赤な絨毯が敷かれていたりする。なんだこのRPGにありそうなお城の中みたいな風景は。


「お待たせしました、到着です」


 落ち着かない私に声をかける。ちょっと待って、もうラスボスの部屋?セーブポイントはないの?

 そんな心の声が届くはずはなく、柳瀬さんが扉を開く。

 そして、扉の先にいるのは、


「ようこそ、吉岡さん」

 

 稀莉ちゃんの母親、佐久間理香さんだった。

 前回会った時とは違い、眼鏡姿で、だいぶラフな格好なのだが、それでも存在感は圧倒的で、別次元だ。レベル30ぐらいの私なんかが張り合えるのかな……。


「今日はいきなり押しかけてごめんなさい。どうしても話がありまして」


 いきなり頭を下げ、お願いする。焦らしても仕方ない、先手必勝だ。


「いいのよ、私もきちんと話したかったの。さあさあ席に座って」


 あれ?

 促され、素直に椅子に座る。


「お腹空いています?今、晴子が用意しますんで」

「いえいえ、お気遣いなく!」

「そんなことはできないわ、大切なお客様ですもの」


 へ?


「私が、ですか?」

「そうよ、ずっと話したかったの。こないだはごめんなさいね。稀莉に言ったとはいえ、あなたを責めるような言い方になってしまい」

「いえいえ、私が悪いんです。ごめんなさい!」

「もう謝らないで~。私もあの場で怒らないと母親としての威厳が保てないから、仕方なかったの~」


 あれあれ?


「理香様、吉岡様、お待たせしました」


 柳瀬さんが料理をテーブルに並べる。綺麗に飾られた、瑞々しいサラダに、いい香りを漂わせるスープとこれまた良い香りのパン。


「この後はメインのお肉をお持ちします」

「さぁ、食べましょう」


「……」


 私はラスボスに挑むつもりだった。最悪の場合、稀莉ちゃんの相方を外される覚悟をもってだ。

 それなのに、何だこの状況は。

 決戦のつもりが、食事にご招待。

 あれ?私、意外と歓迎されている?これが最後の晩餐になるなんてないよね?


「どうしたの?」

「い、いただきます」

「どう?」

「美味しいです!」


 お世辞ではなく、本心からの声。


「そう、良かったわ」


 理香さんが微笑む。その眩しい笑顔はやはり親子だなと実感させられる。


「あの、本当急に押しかけ、申し訳ございませんでした」

「もう吉岡さん、そんなに謝らないで~」

「私、稀莉さんには良くない影響を与えていますので、佐久間さんには嫌われている、怒られるんじゃないかって、失礼ながら思っていました」

「はは、そんなことあるわけないじゃない。ね、晴子」

「ふふ、そうですね、理香様」

「だって、うちの稀莉がラジオ始まってからずっと楽しそうにしているもの」


 稀莉ちゃんが楽しそう?


「あの子、あまり自分のこと話さないのよね」

「でも、ラジオが始まってから、今日の収録で何があった、かなっ、吉岡さんがどうだった、あの台詞が面白くてーっと自分から嬉しそうに話すんですよ」

「本当ですか?」

「本当、本当」

「あんなに喋る稀莉さんはレアです」


 家だとラジオや私のことを嬉しそうに話してくれるのか。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。


「だから、私はあなた、吉岡さんに感謝しているのよ」

「いえいえ、私なんか」

「卑下しないでください。それにね、晴子」

「ねー、理香様」

「そもそもが」

「ええ、その通りです」

「そもそも?」

「はは、それは言えないね」

「ふふ、言えないですね」


 二人で秘密の会話?を挟み、私の頭はクエスチョンだらけだ。

 ただ、良い雰囲気だ。私は気負いすぎていたのかもしれない。


「もしかして、佐久間さんもラジオを聞いてくれているんですか?」

「もちろんよ」

「私も聞いていますよ」

「で、ですよねー」


 相手の母親まで聞かれる恥ずかしさと、申し訳なさがごちゃまぜになる。


「稀莉には言っていないけど、基本的にアニメ、ラジオの仕事は全部チェックしているわ」

「ええ、理香様と、お父様と私でリビングで鑑賞しています。稀莉様には内緒で」

「な、仲良しですね」


 仕事に理解のある良き家族だ。稀莉ちゃんは絶対に見るな!と言いそうだが、親としてはやはり娘の仕事ぶりは気になるものだろう。


「あの子は全て隠し通しているつもりなのよね」

「バレバレですけどね」

「あの部屋とかね」

「そこが稀莉様のかわいらしさですよ」

「そうね」


 二人で会話を続ける。今なら、切りだせる。そう思い、本日の目的を果たすべく、口にする。


「佐久間さんにお願いがあるんです」

「あら、そういう話だったわね」

「実はこないだ作品の打ち上げでテーマパークのチケットが当たりまして、稀莉さんにあげたんです。それで、稀莉さんが私と行きたいと」

「ええ、知っていますよ。稀莉、ずっとニヤニヤしていたんですもの。楽しんできてください」

「はい、ありがとうございます。その上でお願いなのですが、どうしても夜のパレードを見たいんです」

「パレード?」

「はい、稀莉さんが凄く楽しみにしていて、ぜひ見せてあげたいんです。でも、パレードを見たら、門限に間に合わないし、夜遅い時間にどうしてもなってしまいます」

「そうね」

「だから、その日だけお願いです、私が家までお送りしますので、門限を破らせてください、パレードを最後まで見させてあげてください」


 いける!

 と思った。


「駄目ね」

「そ、そこを何とか」

「遅い時間に、大人の吉岡さんと一緒とはいえ出歩くのは良くないわ。女性二人で出歩く時間じゃないですもの」


 それならタクシーで、車を誰かに出してもらって、いっそ理香さんも一緒に行きませんか?違う、そういうことじゃない。ひねり出せ、アイデアを、打開策を。

 でも、答えは別の方向から出てきた。


「だから、泊まってくればいいのよ」

「………………は!?」


 私の口からではなく、母親の口から。

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