第9章 編集点からReStart②
長田さんとの話も終わり、事務所に向かう。
毎日とはいかないまでも、それなりの頻度で事務所には行っている。台本を受け取ったり、ファンレターやプレゼントを受け取ったり、世間話をしたりなど、行けばそれなりに用はある。台本は郵送でもお願いできるが、できるだけ私は自分で受け取りに行く。対面してのコミュニケーションが大事なのだ。顔をあわせるって大事。事務所に顔を出さないと存在を忘れられそう、という後ろ向きな理由ではない…!
「お、吉岡さんじゃないっすかー、ちわっすー」
「こんにちは、久しぶり?」
調子の良いマネージャーの片山君に会うのも久しぶりだった。私のマネージャーであるはずなのに、現場で全く遭遇しないのはどうなのかとは思うが、風邪で倒れた時に色々とお世話になったので文句も言いづらい。
「そうそう、事務所に台本が届いていたっす」
「どうもですー」
渡されたのは、秋に放送されるアニメの台本だ。すでに2話までアフレコが終わっており、次は3話目。ハーレムラノベアニメで、恥ずかしい台詞も多いが、それも慣れると楽しい。メインヒロインではないものの、サブヒロインで、ほとんどの話に出演。レギュラーの仕事があるというのは良いものだ。
私が悦に浸っていると、目の前のマネージャーさんは「あっ、いけね」と焦りを顔に出す。
「すみません、連絡忘れていたんですが、このアニメのWebラジオのオファーも来ているっす」
「本当ですか」
「まじっす、マジ」
急に口頭で言うなーとツッコミたいが、仕事の依頼は嬉しい。
「でも、私サブヒロインですよ?普通メインヒロインが務めるのでは」
「そうっすけどねー、今回はサブヒロインとサブヒロインでお届けしたいそうです」
メインヒロインのギャラが高いのか、スケジュールが厳しいのか。いずれにせよ、おこぼれでも仕事はありがたい。
「それにあれっすね」
「あれ?」
「製作委員会からのご指名っす」
「私がですか?」
「これっきりラジオの評判がいいんで、吉岡さんのパーソナリティとしての評価が急上昇しているんすよ!」
「そうですかねー」
私はあくまで稀莉ちゃんがいるから機能している。他の人と組んで面白くする自信はイマイチない。
「で、相手は誰になるんですか」
「えーっと、誰だっけ。西や……」
思わず彼女の名前が浮かぶ。
「西山!西山瑞羽!」
「そうそう、その人っす。よくご存知っすね」
忘れるはずがない。西山瑞羽は私の貴重な同期だ。そうか、瑞羽もあのオーディションに受かっていたのか。
なるほど、彼女となら何の心配もない。むしろ仲が良すぎて、居酒屋気分で話してしまいそうで不安だ。
「なんだ、知り合いだったんっすね。それじゃ問題ないっすね」
「はい、何も!」
彼女とどんなラジオを作り出すのか楽しみだ。番組宣伝ラジオなので12回前後で終了になるだろう。それにアニメ本編にまつわるコーナー、関連話が多いだろう。それでも30分が12回、私色、私達色を出すには十分だ。
心配なんてない。
「ねえ、片山君。話変わるんだけど」
「何っすか、吉岡さん?」
ないのだが。今、心配なのは、
「メイドって日本に存在するの?」
こいつ何言っているんだっという渋い顔をした。
「メイド喫茶にいるんじゃないっすか?」
「そういうことじゃなくて、一般社会にいるメイドよ」
「別世界線の話っすか?2次元ならいそうですが、この現代社会の日本でメイドって」
わかっている、私も冗談だと思った。
「吉岡さん、疲れているからってメイド喫茶に癒しを求めるのは危険っす。そして、メイドさんを家で飼いたいとか思ったら末期っす。俺の友達のしげちゃんはメイドさんにつぎ込みすぎて破産して」
「そういう反応だよね!3次元ではそういう反応だよね!」
「もしや、ついに2次元に行ける方法を生み出したんっすか?」
「違うわい!」
何だか説明するのも面倒になってきた。
「今度、メイドさんと会う約束をしたのよ」
「メイド喫茶でもなく、2次元でもなく、このありふれた世界の東京での話っすか」
「そうです」
「そうっすか」
沈黙が流れる。
「大丈夫っすよ、よしおかんさんなら!」
根拠のない励ましを貰う。
会うのは2日後。これっきりラジオの収録の後だった。
私はメイドさんに魔王城に案内され、お姫様を助け、宝をゲットするのだ、何を言っているんだ私は!
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