第9章 編集点からReStart
第9章 編集点からReStart①
やまない雨はないというが、今年の梅雨は降りすぎである。ずっと雨だと洗濯物が困るんだよな。乾燥機能付の物を買えよ!という話だが、値段を見ると尻込みしてしまい、買えないままでいる。誰かプレゼントボックスに入れてくれないだろうか。洗濯機をイベントに持っていけるわけない!というセルフツッコミは無視する。ね、商品券でもいいからさ?
そんな妄想でぼけーっと駅前で傘をさして待っていると、お目当ての人物が近づいてきた。
「遅れてごめんなさい」
「いえいえ、全然。事務所の違う私が、仕事以外で呼んでごめんなさい」
やってきたのは、眼鏡姿の女性、マネージャーの長田さんだ。マネージャーといっても私のではなく、稀莉ちゃんのマネージャーだ。
「こんな所で話もあれですから、お店に入りましょう」
「ええ、そうしてくれると助かります」
「わかりました。近くに美味しいパンケーキのお店があってですね」
「行きましょう、吉岡さん。さあ、さあ!」
長田さんが先行して歩く。
「ちょっと待って、そっちの道じゃないから!」
私が案内しないといけないのに、どんどん進んでいく。長田さんを捕まえたのは数分後で、「何で私が先に歩いているんですか?」という台詞付きだった。それは私が聞きたい。
目の前にそびえ立つは3段の塔。雪の女王が住んでいそうな、甘い粉雪が舞う、真っ白な建物は、見ただけでも他とは違う逸品だ。
白い塔に、メープルシロップを注ぐ。くどくない上品な甘さのシロップが、生地の甘さとマッチし、舌を幸福で包む。
「美味しいですね、このパンケーキ」
「もぐもぐ」
目の前の長田さんは一心不乱に食していた。これでは食事中は話ができなそうだ。しばらく大人しく食べ終わるのを見守っていよう。
私たちが入ったのは、おしゃれな街の一角にあるパンケーキ屋さん。普段なら行列でなかなか入れないのだが、雨の季節ということもあり、すんなりと入店することができた。
私も甘いものは好きだけれども、長田さんは私以上に甘いものに目がないようだ。仕事の出来る、ビシッとしたクールな眼鏡女子にはブラックなコーヒーや抹茶系の渋いお菓子が似合うと思っていたが、人は見かけによらないものだ。
「それで、話とは何でしょうか」
食べ終わった長田さんが、急に冷静な口調で話し出し、思わずくすりと笑ってしまう。
「何が面白いんですか」
「いえ、さっきまでとのギャップが面白くて」
「それは失礼しました。私は少々甘いものに目がなくてですね。いいお店を紹介していただきました、ありがとうございます」
少々、ね。
まぁいい。これで賄賂は成立したというわけだ。
「で、私に頼みがあるんですよね」
そして見透かされていると。
「あはは、バレちゃいました?」
「ええ、急に呼ぶんですから。私とただ世間話をしたいわけではないでしょう」
「そんなことはないですよ?」
「本当ですか?では私と温泉に行き、日本酒飲みながら語り合いますか?」
「それは興味ありありのお誘いです、ぜひ!と言いたいところですが」
「今は、佐久間さんのことを聞きたいんですよね」
「その通りです」
導き出すのは簡単だ。私は稀莉ちゃんの相方で、長田さんは稀莉ちゃんのマネージャー。共通事項は、稀莉ちゃんしかないのだ。
「ちょっと長くなりますが」
私は経緯を話し始めた。打ち上げでのこと、テーマパークのチケットのこと、一緒に食事に行ったこと、そこで稀莉ちゃんの母親に会ったこと。
「それは、運が悪かったですね。佐久間さんの母親に会うなんて、会いたくても会えませんよ」
「そうですね、大女優ですものね。でも、会わなくてもいずれ門限は厳しくなったのではないかと思います」
「仕事にも理解がある方ですので、意外な話ですね。特に私は門限の話は聞いていなかったです。まだ学生ということで、事務所もかなり気を遣ってはいましたが、今まではとやかく言われたことはなかったです」
今までは問題なかった。支障はなかったのだ。
それが、変わった。
ラジオが始まったから?私と出会ったから?私の配慮が足りなかったから?
「それで、吉岡さんはどうするつもりですか」
「ぶつかるつもりです」
長田さんが不思議そうな顔をする。
「ぶつかる?」
「ええ、直接ぶつかってきます」
「本気ですか?」
「馬鹿だと思います?」
長田さんが口を抑えて小さく笑う。
「ふふ、私、吉岡さんのそういうところ好きですよ」
「お褒めに預かり光栄です」
アイスコーヒーの氷が溶け、カランとグラスにぶつかり、音を鳴らす。
結論は決まっている。氷が溶けるのを待っているのではない。
欲しいのは、材料。
「でもぶつかりたくてもぶつかれない」
「だから、私を利用する」
事務所的にはかなり黒。場合によっては罰を受けるかもしれない。
「はい、そうです、利用します」
これは賭けで、博打で、無謀な突撃。
長田さんにはリスクしかない。
「私に、宝の地図をいただけませんか」
そんな私の無茶なお願いを、長田さんは驚きもせず答える。
「ええ、いいですよ」
「本当ですか!」
「ただ条件が」
「条件?」
「ある人の協力を仰ぎます」
「協力?誰ですか」
味方になってくれる人がいれば心強い。
でも、返ってきたのは日常的にはよく聞かない言葉で、
「メイドさんです」
「メイドさん!?」
アニメではよく聞く単語だった。
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