第8章 場内の撮影は禁止です⑥

***

奏絵「今夜もたくさんお便りが届いています。嬉しいですね」

稀莉「ふつおたはいらないわよ」


奏絵「では1通目。『ラジオネーム、カップラーメンは4分待って食べるさん。よしおかんさん、稀莉ちゃんこんばんはー』」

稀莉「こんばんはー」


奏絵「『今度、橘唯奈さんのライブに女の子と一緒に行くことになりました』」

稀莉「※※※ピーーー※※※」


奏絵「待って稀莉ちゃん!?すみません、ここ編集でピー音入れてください!」

稀莉「何よ、自慢、自慢なの!?」


奏絵「落ち着いて、とりあえず最後まで読ませて。『その女の子が橘さんを好きということで、勇気を出して誘ったのです。僕は彼女のことを前からずっと好きで、チャンスをうかがっていました。今回が絶好の告白の機会だと思うのですが、お二人には、どう告白したらいいか、アドバイスをいただけないでしょうか』」


稀莉「よしおかん、その手紙渡しなさい!破る、破るわよ!」

奏絵「落ち着いて、落ち着いて!」

稀莉「そもそも唯奈のライブに行くのに、何でうちのラジオに送ってくるのよ!あっちのラジオに送りなさい。唯奈独尊ラジオに!」

奏絵「ごもっともです。一度お邪魔しましたが、これっきりラジオは唯奈さんのライブに一切関係ありません。仲良し?ではありますが」

稀莉「そうよ!それに何、ライブで告白?唯奈に迷惑じゃない!?」

奏絵「ライブ前に告白して、残念な結果になったら二人はお通夜状態ですからね。またはライブ前に解散し、帰宅してしまうかもしれません」

稀莉「ライブ後でも迷惑よ。仮に成功したとしても、楽しいライブより彼女への告白が頭に残る。失敗したら、どんなに楽しいライブでも忘れたい思い出になってしまう。どちらに転んでも真摯にライブに挑んでいるファン、唯奈に失礼なのよ」

奏絵「おお、真面目な意見だ」

稀莉「それに告白するぞ、告白するぞ!と思ってライブに行ったら絶対にそれどころじゃなくて、集中できないわ。だから、ライブで告白するのは駄目!」

奏絵「でも、ライブの勢いを借りたいという気持ちもわからなくないですね。大人になったら修学旅行や卒業式とかそういうイベントがないから、何かに縋りたい気持ちはわかります」

稀莉「うぐっ」

奏絵「稀莉ちゃん?」

稀莉「な、何でもないわ」

奏絵「だ、大丈夫?」

稀莉「あばら3本で済んだわ」

奏絵「それ全然大丈夫じゃないよ!?」

稀莉「そもそもよ、前にも言ったかもしれませんが、私たちに恋愛の相談をするのが間違っているのよ。恋愛も知らない学生に、こじらせアラサーおばさんよ」

奏絵「誰が、こじらせアラサーおばさんだって、稀莉ちゃん?」

稀莉「じゃあ、恋愛アドバイスできるっていうの?」

奏絵「私だって、できる…できるんだ!伊達にギャルゲーばかりやっていないわ」

稀莉「駄目みたいですね」

奏絵「諦めないで!ここは、そうですね…あの、選択肢は出てこないんですか?」

稀莉「はい、次のお便り行きましょう」

奏絵「えー、あー、カップラーメンは4分の人すみません、上手くいったら連絡くださいね」

稀莉「連絡が来なかったらうまくいかなかったことね、リスナーの皆は察しなさい!」

奏絵「今日の稀莉ちゃん闇落ちしそうだよ!」

***


 ラジオでつくった演技ならいいが、実際は違う。

 暗黒面に落ちた雰囲気は、打ち合わせの時から漂わせ、ラジオ本番のリア充アピールのお便りをばっさばっさ斬り捨てていった。今の彼女ならジェ〇イを殲滅できそうだ、怖い。


「今日の佐久間さん、面白かったね。グッド、グッド!」


 褒める構成作家の植島さんの言葉も、「はあ?」と不機嫌に答える。 

 理由はわかっている。稀莉ちゃんの母親にコテンパンに絞られたのだろう。そして、門限は変わらず、厳格化され、パレードは見れないと。

 でも、そればかりに囚われればかりはいられない。


「イベントに向けて、グッズ戦略。さらによその番組へのアピールもしていくから」

 

 そう言う植島さんは上機嫌だ。

 私たちもイベントに向けて上機嫌にならなくてはいけないのだ。いけないのだけども。

 

 私には何ができる―というのか。


 すべては、私が招いたこと。

 チケットを稀莉ちゃんに渡した。

 夜、食事を誘って、稀莉ちゃんの母親に遭遇した。

 私が生き残るために、佐久間稀莉を変えた、ラジオを変えた。

 

 結果論だ。いまさらぐちぐち文句を言い、後悔をしても仕方がない。

 ならば、走るしかない。回り道なんかせずに、ただ真っ直ぐにぶつかるしかない。


「長田さんー」


 まぁ、人の力、マネージャーの力は借りるわけだが。

 さあ不格好でもタックルを決めてやろうではないか。

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