第8章 場内の撮影は禁止です⑤
あなたたちは先に行っていいわと言い、連れの女性二人はエレベーターで降りていった。私も一緒に降りて逃げたい気分だがそんなわけにはいかない。
「こんなところで会うとは奇遇ね、稀莉」
「お母さんこそ」
佐久間理香はふふっと小さく笑い、そしてガラッと表情を変える。
「今、何時だと思っているの」
「まだ21時でしょ」
「もう21時よ」
「子供には遅い時間だわ」
「子供じゃない」
「高校生でしょ?まだまだ子供だわ」
「私はきちんと仕事しているし」
「だから、帰りが遅くていいっていうの?」
バチバチと火花が飛び交うかのような言葉の応酬。私も割って入った方が良いのだろうか。
「それに今日は仕事の話をしていたのだから」
「そうなの?」
話に入るなら今だ。
「あーどうも、ごめんなさい。稀莉さんと一緒にラジオをやっています、吉岡奏絵と申します」
「吉岡さん?あら、どうもこれはご丁寧に」
「今日は今度イベントを行うので、二人で打ち合わせをするために私が誘ったんです。大切な娘さんを夜遅くまで付き合わせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「あら、そうなのね。仕事の話をしていたのね」
「はい、そうなんです」
実際は、ラジオのイベントではなく、二人で出かけるイベントの話をしていたわけでが、ここはうまく話を作るしかない。稀莉ちゃんも何も文句を言ってこないので、この言い訳で良いのだろう。
「確かに仕事で遅くなることはしょうがないわ」
稀莉ちゃんのお母さんも納得してくれた。
「でも、仕事でも感心しないわ」
という訳ではなかった。
「収録などで伸びることもあるでしょう。でも、より道は調整できること。吉岡さんを責めるつもりはありません。吉岡さんは悪くありません。この子がきちんと言って、断れば良かったのですから。ね、稀莉?」
「……」
彼女は答えない。
「吉岡さんも振り回してしまい、すみません。まだまだこの子も子供なんです。仕事をしてお金を稼いでいるとはいえ、まだ学生なんです」
その通りだ。否定のしようがない。高校生で門限21時は珍しくないし、だいぶ許されているともいえる。この仕事をしていなければ、当たり前のことなのだ。
「そう、ですね」
私はただ肯定するしかない。
「稀莉。マネージャーによーーく言っておくから、21時門限は必ず守りなさい」
「え」
そうでなければ、
「声優の仕事を辞めてもらうわよ」
いいわねと念押しし、稀莉ちゃんは渋々頷いた。
「それでは、お騒がせしました。稀莉、行くわよ」
稀莉ちゃんは俯いたまま、母親とエレベーターに乗り込む。
ドアが閉まり、私は取り残される。私も一緒に下りますとは言えなかった。
「参ったな……」
運が悪かったといえばそういうことになるが、何にせよ、軽い気持ちで食事に誘った私がいけなかった。配慮が足りなかった。たとえ稀莉ちゃんが門限についてはぐらかしていたから招いた結果だとしても、私が悪い。
ただ、ここで稀莉ちゃんの母親に会わなかったとしても、問題は先送りされるだけで、この決定はいずれされたであろう。
「参ったな……」
参ったのは私ではなく、稀莉ちゃんであるが、影響は大きい。
遅い時間の外出禁止。つまり、一緒に出掛けるテーマパークでお目当てのパレードが見ることができない。きちんと見ていったら21時に帰れるわけがない。
仕方がない。
どうにもならないことなのだ。
家でのルールだから仕方がない。
家族でも、友達でもない私が、この日だけは例外で!と求めるのは間違っているのだ。
「参ったな……」
でも、稀莉ちゃんの落ち込んだ顔は見たくなかった。
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