第8章 場内の撮影は禁止です④
「そうだ、そうだ」
「どうしたの奏絵?」
もう一つの目的を果たさなければいけない。バッグをガサゴソと漁り、目的の物を取り出す。
「今更なんだけど」
スマートフォンを目の前に出す。
「連絡先交換しない?」
「え、連絡先交換?もう、前に交換して……いない。何で交換していないの私達?」
「さあ、何ででしょうね」
出会ったばかりの誰かさんが生意気でそれどころではなかった。とは面と向かって言えない。
「出かけるわけだから、交換しておこう、ほんと今更だけどさ」
「トークアプリでいい?」
「できたら、電話番号も知っておきたいかな」
「うん、わかった」
夜景の見える素敵なレストランで、連絡先を交換している姿が似つかわしくなくて、滑稽だ。でも、新たな一歩だ。
「よし、登録完了」
携帯が鳴り、見るとトークアプリで稀莉ちゃんからスタンプが届いていた。不細工な太った猫が『よろしくにゃー』と言っている。
「はは、センス悪っ」
「なによ、可愛いじゃない」
「女子高生のセンスはわからないわ」
「これだからアラサーは」
私もスタンプを返す。可愛いペンギンの「ありがとう」のスタンプ。
「ありがとうね」
「スタンプでも言っているじゃない」
「言葉にしないといけないと思って」
文字だけでは伝わらない。口にしなければ分かり合えない。
「稀莉ちゃん、ありがとう。私を救ってくれて。私がいない回のラジオ、すっごく嬉しかった。何よりも元気が出た。私を必要と言ってくれて、私はまた頑張ろうと思えたんだ」
「いきなり何よ、恥ずかしい」
稀莉ちゃんが顔を背ける。かわいい奴め。
「だから、少しでも稀莉ちゃんに返していけたらと思ったんだ。一緒にテーマパークが行くのが恩返しになるのかわからないけど、楽しいものになったら嬉しい」
「……そんなの、お互い様よ」
「え、お互い様?」
「あーもう何でもない!」
「そうですか」
「そうですよ!」
「もう怒らないでよ。大好きなきりちゃんの我儘ならそれなりにきくよ」
彼女が前を向き、私を見た。あれ?余計な事言ってしまった?
「じゃあ、あのね」
「う、うん」
沈黙が体に悪い。汗が額ににじみ出る。
「いや、いい。また別の時に言うから」
「お、おう、わかった」
軽い冗談から、何を頼まれるのかと身構えたが、先送りにされた。頑張れよ、未来の私。
その後も話は盛り上がり、気づけば21時を過ぎていた。
「そろそろ帰ろうか」
「そうね」
「帰りは?」
「タクシーかな」
「私は電車」
じゃあ、ここでお別れとなるわけだ。
席を立ち、レジで会計をする。少々お財布には痛いが、私の奢りだ。と言いたいが、悪いからと稀莉ちゃんが少し出してくれて、かなり助かっている悲しい経済事情。
無事、会計も終わり、店を出る。
誘って良かった。無事、目的は果たし、きちんとお礼も言えた。何もかも良い方向に進んでいた。
「美味しかったね」
「うん、よしおかんチョイスにしてはよかったわ」
「よしおかんって言うな!」
あははと笑う私に対し、反応が返って来なかった。
「……」
後ろを振り向く。
稀莉ちゃんが立ち止まっていた。
真っ直ぐに前を向いて。
「どうしたの?」
私は、彼女の目線の先を見た。
そこには綺麗な女性がいた。隣のレストランでお食事をしていたのだろう、周りの女性たちと話しながら、出口からエレベーターに近づいてくる。
見たことあると思った。
一目で芸能人だとわかった。オーラが違う。声優でも、役者もやっている人もいるし、最近はアイドル声優も多いらしいが、それでも空気が違った。スクリーンで、テレビで、舞台で、自身の存在を輝かせる人だ。
そして、見たことあるのはテレビだけじゃない気がした。既視感があったのだ。それは身近で、誰かに似ていて、面影があって。
そう、ちょうど隣にいる稀莉ちゃんにそっくりだったのだ。
大人の色気、すらっとした身長、気品のある雰囲気は違う。でも、似ているのだ。上手く説明できないが、稀莉ちゃんと同じなのだ。
思わず隣の彼女に声をかけてしまう。
「稀莉ちゃん?」
顔を強張らせていて、反応が無い。
もしかして、もしかしてなのか。
そして、私の言葉で気づいたのか、この場で別格の女性が私たちに気づいた。
正確には、私の隣の彼女に。
「あら、稀莉じゃない」
親し気に話す女性は、稀莉ちゃんの母親で、大女優の、佐久間理香だった。
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