第8章 場内の撮影は禁止です③
お互い、スケジュール帳を確認し、空いている日を探す。といっても私はほぼ空いているので、彼女のスケジュール次第だ。学生の稀莉ちゃんは平日は学生生活を送らなくてはいけないので、行くなら土日に限られる。
「私は土日ならラジオ収録以外空いているよ」
「今月は厳しいから来月かしら」
「7月かー」
春はとうに過ぎ、雨の季節も終わり、夏へと向かう。夏は特に8月にアニメイベントが多いので、7月の最初らへんがねらい目だろう。
「7月7日とか」
「私はいつでも」
「じゃあ、この日にしましょうか」
「七夕だね」
「っつ、辞めましょう。取り下げ。次の週の14日の土曜日はどう?」
「え、ええ、別に大丈夫だけど……」
七夕に何か嫌な思い出があるのだろうか。織姫と彦星が出会う日に。
「ともかく決まりだね」
「うん、楽しみ」
何にせよ、非公式イベントの日取りが決定した。後はスケジュールをブロックし、当日を迎えるだけだ。
「稀莉ちゃんはいつ以来?ネズミ帝国に行くのは」
「うーん、今年の春に行った以来かしら。春休みに家族で行ったの」
「家族で、ですか」
家族ということは、彼女の母親である大女優、佐久間理香と、父親の映画監督も一緒だということだ。テーマパークにいるだけでも画になる。その3人が揃うと、何かの映画の撮影かと勘違いされそうだ。
「でも、家族ってつまらないのよね」
「でしょうね」
私の家族も絶対に行きたがらないだろう。人の混む場所に行きたがるはずがない。そもそも青森から出てくることがほとんどないのでそんな心配もいらないのだが。
「乗りたいものは全て母が決めるから、好きな物に乗れないし、パレード見る時間までいられるはずがない」
「うんうん」
「だからね、今回は絶対にパレードを見たいの」
「そうだね、せっかく行くんだから見ないとね」
「それに結愛ちゃんが自慢してくるの、東京にいてあそこのパレードを見ていないなんて人生を半分を損しているって」
「女子高生が人生を語るな!」
結愛ちゃんというのは稀莉ちゃんの学校の友達だ。普通の東京の女子高生なら確かに一度は見たことがありそうだ。
「私は見るのは問題ないけどさ」
「うん?」
「時間は大丈夫なの?門限となないの?」
「……ないわ」
言い淀んだ。これは絶対にあるパターンだ。
「パレードとなると20時、21時台かな。そこから帰ると23時ぐらいには帰宅と」
渋い顔をする目の前の彼女。親御さんは心配だから仕方がないよな、こればっかりは。
「あのね、稀莉ちゃん」
「何とかするわ、何とかする!心配しないで!」
「お、おう」
勢いに押し負ける。彼女が「何とかする」という以上、何とかするのだろう。
「しっかし、夜のパレードね」
「何か問題?」
私は問題ない。私は。
「そういうのは彼氏と見るのが素敵なんじゃない?」
「か、彼氏!?」
「そーそー、カップル御用達のイベントじゃん。それを私と消化していいのかなって」
「よ、よ」
「ギャルゲーで女の子と結ばれず、男友達と一緒に見に行くエンドでいいのかってことだ」
「その例え、よくわからない!}
「えー」
と言っても、女子高生はギャルゲーをやらないか。いや、一般大人女性もやらないだろうけど、私はあくまで仕事の一環でそれなりにやる。それも男子を攻略するゲームより、私はかわいい女の子を攻略するゲームを好む。自己投影した女子視点でする女性向けゲームよりは、少年心で女の子を攻略した方がずっと楽しいのだ。
「イベントスチルが私との画でいいのかってことだよ!」
「……?」
全然ピンと来ていない。
「その、よしおかん、おかんはそういうところに」
「ちょっと待った。ストップ、スト―――ップ」
「へ?」
「こういうところで、よしおかんは呼びは辞めて、ね」
周りにお母さんと見られたくないのだ。自意識過剰!
「吉岡さんとかにしといて?」
「その、奏絵は」
「奏絵?」
「あんたの名前でしょ」
「そうでした」
名前呼びされたことないから、唐突に名前呼びされるとピンとこない。確かに姉妹なら苗字呼びは変だ。ちゃんと考えてくれているな、マイシスター。
あれ、そういえば最近誰かに名前呼ばれた気もしたが、思い出せない。
「奏絵は彼氏と行ったことあるの?」
「さあ、どうでしょうか」
真顔で受け取るな。あーもう、
「ないよ、ない!大学の時、女友達4人で行ったぐらいだよ!」
「そ、そうなのね」
ほっとした顔をするな。恋愛経験の少ない私に安堵するな!うー、どうせ惨めなアラサーですよ。声優業界に生き残るの必死なんだよ!あれ、テンションが可笑しくなってきた。知らぬ間にお酒入っていたっけ?
「もういいんだね。未来の彼氏と消化するイベントを、私で消化してしまって」
「大丈夫、問題ない」
「そうですか!」
私が気にしすぎなのか。案外、最近の子はいちいち気にしないのかな。
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