第8章 場内の撮影は禁止です
第8章 場内の撮影は禁止です①
「イベントは3か月後だ」
暑さも増し、半袖のシャツになった植島さんが私たちに向かって話す。
『これっきりラジオ』の初めてのイベントが決まったのだ。放送から三ヶ月で初のイベントが決定とは異例の早さだろう。ただイベントは公開録音形式で、コーナーはほぼそのままなのであまり悩む必要がないので助かる。
「それで場所は何処なんですか」
私の質問に植島さんが嬉しそうに答える。
「武道館」
「嘘つけ」
思わず突っ込み。最大1万人以上も入る会場で初イベントなんてありえるはずがない。売れている声優さんのライブでも集めるのが大変なのだ。新参ラジオが烏滸がましい。
「もう少し乗ってくれてもいいじゃないか」
「それで何処なんですか」
隣の稀莉ちゃんがあきれ顔で問う。
「科学ホールだよ」
なるほど、科学ホールときたか。
確かに武道館からは近い。というかほぼ同じ敷地といってもよい。冗談も遠からず正解だったというわけか。
科学ホールは500人以下のキャパで、ラジオイベント、声優イベントをやるにはちょうど良いスペースだ。初めての私たちには少なすぎず、かといって多すぎない絶好の場所と言えるだろう。調子に乗って大きい会場をとって大赤字では駄目なのだ。
「いいっすね」
「定番だけどね」
「定番だからいいんでしょ」
都内でアクセスもしやすい。土日だと、家族連れや子供が多いかもしれないぐらいの難点だ。
「それにね」
過去にも聞いた言葉を繰り返される。
「二人の化学反応を起こすにはちょうど良いと思ってね」
始めて聞いたときは、なんて胡散臭い言葉だと思った。無理もない真っ白な台本を見た後だったのだ。
でも、今ならその言葉に少し納得できる私がいる。
***
稀莉「〈もうこれっきり!〉のコーナー!」
奏絵「はい、このコーナーはリスナーさんから、辞めたいのに辞められないこと、もうこれっきりにしたいことを募集します」
稀莉「このコーナーいつまで続くの?そろそろ、これっきりにしたいのだけど」
奏絵「まだ10回近くしかやってないじゃん。お便りもたくさん来ているんだよ」
稀莉「どうせくだらないのでしょ」
奏絵「わからないよ。抱腹絶倒のお便りあるかもよ」
稀莉「そんな<これっきり>があったら怖いわ」
奏絵「はいはい、読みますよー。『ラジオネーム、この夏は10kg痩せて彼女をつくるぞ…そんな夢を見ていましたさんから』」
稀莉「ラジオネーム長い!」
奏絵「『合コンに行き、気になる女の子と連絡先を交換しようとしたら、私トークアプリ入ってないから~と言われ、じゃあアドレス教えて!と言ったら今日携帯忘れたと言われました。ドジっ子ですね。彼女に会うのはこれっきりでした。惨めな思いはこれっきりにしたいです』」
稀莉「あっ、ラジオネームはそういう……」
奏絵「ご愁傷様です」
稀莉「可哀そうね」
奏絵「ええ、せめてその場では交換して、家に帰るまでは浮かれた気分にさせてほしいですね」
稀莉「まぁ、期待して帰るより、そこで目が覚めて良かったんじゃない」
奏絵「それはそうかもですね。愚痴を言う男同士の2次会の方が面白いっていいますからね。良い酒の肴になったと思えば救われるかと」
稀莉「はい、2次元に逃避しましょうということで」
奏絵「そんなこと一言も言っていないのだけど!?」
***
さて、今日の収録をして気づいたことがある。
私、稀莉ちゃんの連絡先を知らない!
三ヶ月も経ち、それなりに仲良くなったつもりなのに、合コンで出会う異性以下の関係だったとは。
いや、タイミングがなかったのだ。最初はともかく毒舌で、私に当たりが強かった。そんな彼女に連絡先を聞けるはずがない。
でも、聞かればならない。
なぜなら、ラジオ公式イベントの前に、非公式イベントがきっとあるからだ。それは稀莉ちゃんに誘われた、テーマパークへのお出かけ。お出かけするのに連絡先が知らないと非常に困る。待ち合わせ不可能だ。
しかし、別問題もある。
そもそも、あれから彼女から『お出かけ』についての話がない。いつ行こうとか、あの日空いているよーとか話がない。あれは私の空想だったのだろうか。それはない、確かに私は彼女にチケットを手渡し、「一緒に行きたい」と誘われた。
まぁ、ここは年長者の私が直接聞くべきか。年下の彼女から予定調整するのも可笑しい話だ。彼女から誘ったとはいえ。
だから、私は軽い気持ちで発言した。
「ねえ、稀莉ちゃん。この後、空いている?」
未来の私が後悔するとも知らずに。
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