第7章 打ち上げは食べ放題ですか?⑥

***

奏絵「始まりました」

稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」

奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」


稀莉「第15回目の放送です」

奏絵「この番組も15歳ですか」

稀莉「はい?15歳?」

奏絵「1歳から始まり、もう中学生ですよ」

稀莉「あーそうですか」

奏絵「反応うすっ!」

稀莉「はいはい、100歳目指して頑張りましょう」

奏絵「いえ、18歳でストップします」

稀莉「どうして、なんてツッコミはしないわよ」

奏絵「うー、つれないな」


稀莉「はい、オープニングからお便りです。『ラジオネーム、あるぽんさんから』はいはい、常連。『こないだ宝くじで1万円当たりました。大金ではないですが、当たるというのは嬉しいですね。お二人は最近何か当たりましたか』」

奏絵「これはまた」

稀莉「タイムリーな話題ね」

奏絵「こないだ作品の打ち上げがあったんですね。作品の打ち上げといえば、そう、プレゼント抽選会!そこで私たちは見事」

稀莉「何も当たりませんでした」

***


「素晴らしいスタッフに囲まれたこそ、無事に作り終えることができました」

 

 プロデューサーさんが締めの挨拶をしている。もうすぐ打ち上げも終了だ。

 結局、プレゼント抽選会でプレゼントは当たらなかった。稀莉ちゃんは外の空気浴びてくると言い、マネジャーの長田さんと出ていってしまったので、私は一人ぼっちに。

 となればすることは一つなわけで、日本酒との第二ラウンドに興じたのだった。無事、一人の力ではないが、会場にあった樽をすべて空っぽにし終えた。謎の達成感。


「吉岡、お前すげーな」

 

 ベテラン声優さんも途中で飲むのを辞め、周りの人たちもギブアップ。最後は私の独壇場だった。私は何と戦っているんだ、さすがに飲みすぎだと反省。

 

「お褒めの言葉ありがとうございます」


 周りから拍手された。何これ恥ずかしい。


「そんな吉岡にプレゼントだ」


 渡されるは紙の封筒。


「現金ですか?」

「さすがにそんなのやるか!そのままで渡す奴がどこにいる」

「あはは、ですよね。開けさせてもらいます」


 開けて出てきたのは、テーマパークのペアチケットだった。


「えっ、これさっきプレゼント抽選会で当てたのでは」

「おう、そうだよ」

「いえいえ、悪いですよ。息子さんと行ってくださいよ」

「さっき連絡したら、テーマパークよりサッカー観戦したいだとさ。だからそれはいらないんだ。素直に受け取ってくれ」

「あ、ありがとうございます!」


 思わぬプレゼントだ。


「今度、ぜひ何かお礼を」

「いいって。楽しんで来いよ。気にすんな」

「はい、お言葉に甘えて。って言いたいところですが」

「うん、何だよ?」


 このチケットを本当に欲しい人は別にいる。事情を話し、ベテラン声優さんも快く承諾してくれた。



 打ち上げも終わり、お目当ての人物を探すがなかなか見つからない。もう帰ちゃったのかな。まだ残っている共演者に尋ねる。


「あのー、佐久間さん見ていませんか?」

「佐久間さん?さっき帰っていったよ」

「本当ですか、ありがとうございます」


 やはりだ。思わず駆け足で出口に向かう。

 別に今渡せなくてもいい。収録の時でもいい。チケットが逃げてなくなることはないのだ。

 でも、今渡したかった。

 だって、稀莉ちゃんが悲しい顔をしていたから。落ち込んでいたから。せっかくなら打ち上げを楽しい気持ちで終えて欲しい。

 だから今なのだ。


 しかし、会場内では見つけられず、外に出てしまった。

 電車やタクシーに乗ってしまってはもう追いつけない。


「諦めるか」

 

 そう呟きながらも足は止まらず、歩道を駆けていた。

 そして、見つけたのだ。


「稀莉ちゃん!」


 ちょうどタクシーに乗り込もうとする彼女を発見した。

 彼女も大声を出した私に気づき、乗るのを辞める。


「どうしたのよ」

 

 近づいてきた私に声をかける。


「渡したいものがあって」

「渡したいもの?」

「これ」


 そういって2枚のチケットを渡す。ネズミがいるテーマパークのチケット。


「どうしてこれを」

「もらったの。お酒飲んでいたらね、えへへ」

 

 私のお酒飲みの才能もここで役立ったわけだ。


「欲しかったんでしょ。遠慮せずに貰って。この作品で頑張ったのは稀莉ちゃんなんだから」

「よしおかん……」


 いまだ驚いた顔の彼女。こんなところで「よしおかん」呼びは辞めてくれって無粋なツッコミもできない。


「ありがとう」

 

 その笑顔が見れただけで満足だ。


「うん、うん。いいってことよ。友達と楽しんできな。じゃあ」


 用事は済んだので長居しては悪い。

 足早に立ち去ろうとした。

 シャツの裾が引っ張られ、立ち止まる。

 稀莉ちゃんが俯きがちに掴んでいた。


「……」

「どうしたの?」

「……あの」

「うん」

「その、何というか」

「うん」

「いき、たい」

「え、ちゃんと生きているよ」

「そういうことじゃなくて。行きたいの、一緒に」

「うん?」


 一緒に行きたい。それは何処に。

 話の流れだと、そうなる。でも本当にそうなのか。


「私とでいいの?」

「う、うん」

「友達とじゃなくていいの?」

「だからそう言っているでしょ」

「わかった、予定合わせていこうか」

「うん!」


 さっきよりも満面の笑顔。

 彼女のこんな無邪気な笑顔は初めてで、印象的だった。


 長田さんに促され、タクシーに乗り込み、彼女は去っていった。

 残された私は一人、駅まで歩く。

 ……お酒を飲みすぎたのだろう。顔が凄く熱かった。

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