第7章 打ち上げは食べ放題ですか?⑤

 打ち上げは飲食しながら、人と話す場。

 というだけではない。


「あーこのシーン良かったよね。あのモブ私なんだ」

「ふーん」


 スクリーン映し出されたアニメ最終回を見ながら稀莉ちゃんに話しかけるもいまだに不機嫌だ。幾分、緩和された気もするが、ちょっとつれない。

 それにしても大きなスクリーンで見るアニメはいいものだ。私は一人寂しく家のテレビで最終回を見たので、大きな会場で誰かと見るのは楽しい。うちで一人で喋っていても虚しいだけだしね。

 主要キャストだと、皆で鑑賞したり、先行上映会があったり一人だけではないことがあるのだが、私はこの作品ではモブだ。鑑賞の場に呼ばれるわけがないし、自分でチケットを取り、参加するのは悲しい。 


「やっと見つけました。あまりうろうろしないでください佐久間さん」

 

 やってきたのは、稀莉ちゃんの事務所のマネジャーの眼鏡女子の長田さんだ。


「こんばんは、吉岡さん。今日もお綺麗ですね」

「何ですか、その口説き文句!こんばんはです」


 無表情ながらも、「ふふっ」と笑い声をこぼす。ラジオの収録の度に会うが、この人も個性派ぞろいの声優に負けない、普通じゃない、面白い人物だ。


「なによ、佳乃。私は迷子じゃないわよ」

「迷子とは言ってませんよ。また今日も吉岡さんをおっか、ぐふっっっ」

 

 長田さんが何か言い終える前に、稀莉ちゃんが長田さんに見事なタックルを決めていた。稀莉ちゃんが真っ赤な顔で抗議する。


「よ、佳乃!」

「はいはい、大人しくしましょうね佐久間さん」


 しかし、平然と2本足で立っている長田さん。侮れない。何なんだこの人たち。高レベルな戦いを打ち上げで披露しないでくれ。


「じゃあ、私はお邪魔かと思いますのでこれで」

「待ってください、吉岡さん。これから抽選会ですので、私たちと一緒にやりましょう」

「抽選会ですと!」


 打ち上げでは定番のイベント、それがプレゼント抽選会だ。

 入口で番号の入った紙、トランプ、ビンゴカードなどが配られ、打ち上げの空気がひと段落したところで行われる催しだ。

 打ち上げにもよるが、たくさんの商品が用意され、中にはテレビ、旅行券などかなり高価なものもある。


「楽しみですね。お言葉に甘えてここにいます。一緒に見届けましょう」

「見届けるんじゃなくて、当てる気でいなさいよ」

「調子乗ると当たらないから、謙虚でいるのさ」

 

 望むと当たらないものだ。だから無心で。テレビ、家電、旅行……あかん、邪念があふれ出る。


「それでは、プレゼント抽選会を始めます!くじを引いてもらうのはこの人!」


 司会に紹介された主演男性声優さんが登壇する。


「はい、いきますよー。皆さん、注目してください~」


 ふと疑問に思い、稀莉ちゃんに話しかける。


「稀莉ちゃんは登壇しなくていいの?」

「私は遠慮したわ。引く方にまわったら楽しめないじゃない」

「確かに。当てたいものね」

「うん、絶対に当てる」


 絶対に?そんなに欲しいものがあるのだろうか。この若さで色々なものを手に入れている稀莉ちゃんが。


「はい、28番の方」

 

 はいはいーという声が聞こえ、女性が前に向かっていく。あっ、さっき話をした背景のお姉さんだ。

 男性声優さんから商品を受け取る。


「商品は最新の炊飯器です。当たったお気持ちをどうぞ」

「炊飯器すごく嬉しいです。会社に置きます。お夜食はこれで困りません」


 どっと笑いが起きる。けして冗談ではなく、本気なんだろうな……。


「はい、たくさん炊いてくださいね」


 次々と番号が読み上げられていく。

 プラモデルセットに、折り畳み自転車、お米券に、ワイン。プレゼントに限っては作品に関係なく、多種多様だ。かなりの数が用意されており、多くの人が当選している。けれども、


「当たらない、当たらないぞ!」

 

 私はどこにも引っかかっていなかった。


「私も当たりませんね」

「私も」


 長田さんも稀莉ちゃんも当たっていない。しかし、当たっていないということは残り3つの大きな商品が当たる可能性があるということだ。


「次の商品は、おーこれは凄いですね。最新ゲーム機、VRセット。これ俺がもらいたいぐらいです」


 会場からは「おー」と驚きの声。私はそんなにかな。けど売ったらいい値段?いやいや、打ち上げの商品を売ったら倫理的にアウトでしょ。


「3番!おーそこの方!おめでとうございます」


 あっさり外れる。

 あと景品は2つ。


「残る2つは旅行券です。一つ目はあの有名なテーマパーク、ネズミ帝国のペアチケットです」


 稀莉ちゃんの肩がびくっと震えた。さてはこれがお目当ての商品か。ネズミの国が好きなんて、やっぱり高校生なんだな。普段大人びているので、女子高生らしさに安堵を覚える。

 私は久しく行ってないな……。青森にいた時は憧れだったけど、大学生になって女友達と2度行ったきりだ。行ったら楽しいのだけど、積極的に自分から行こうとは思わない。機会があれば喜んで行くが、なかなか機会というのもないもので。あれ、私悲しい独身女性?


「引きます。どれどれ、88番!88番です!」

「おー、当たっちまった」


 前に向かうは日本酒を一緒に嗜んだベテラン声優さん。


「おめでとうございます!どなたと行きますか?」


 ペアチケットだから定番の質問だ。


「せがれと行くかな。もう中学生だから親父と一緒に行ってくれるか不安だぜ」


 あははと笑い声に包まれる会場。そして、隣で真っ白に燃え尽きている稀莉ちゃん。


「ざ、残念だったね」

「……」

「そんなにネズミさん好きだったんだね、稀莉ちゃん」

「ううん」

「え、くまさんの方?」

「そういうことじゃなくて」

「まあ、いつでも行けるよ、きっと」

「……うん」


 落ち込んでいる彼女をどうにか励ましたいが、どうしたものか。

 そして一等賞の発表が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る