第7章 打ち上げは食べ放題ですか?④

 確かにお酒だけでこの打ち上げを終わらせるにはもったいないぐらい、多種多様な料理が置いてある。

 作品が時代劇だからか、和食が多いが、パスタやお肉系もしっかりある。


「このお寿司美味しそうだね」

「……」


「あー、ステーキ!ステーキだよ、稀莉ちゃん!」

「……」


「キャラのプリントケーキだ、可愛い。写真撮ろうよ」

「……」


 稀莉お嬢様がご機嫌斜めである。

 どうしてだ!まったく理由がわからない。

 悩んでいても解決しない。わからないなら、聞くしかない。


「あのー、稀莉ちゃん、私何かしたかな?」

「何にもしてない」

「さいですか」

「うん」

 

 会話終了。何もしてないのに怒られる理由とは何だ、何なのだ。

 料理を取り終え、近くの丸テーブルに料理を置く。話しやすいようにと立食パーティーなので、他の人とも自然と目線があう。

 すかさず挨拶。


「どうもこんにちはー」

「こんにちはー、たくさん料理とってきましたね」


 眼鏡のお姉さんが挨拶を返してくれる。ラフなTシャツ姿が様になっていてカッコいい。


「はは、食べ盛りなもので」

「うちもついつい食べすぎちゃいますわ。普段ロクに食べれないから」

「私もです。打ち上げはありがたいですよね」

「年に何回かの収穫祭ですわ」


 そして、ノリもいい。雰囲気の良い女性だ。アニメの宣伝や営業の人かな?


「失礼ですが、お仕事は営業関係ですか?」

「違います、違います。うちはアニメの背景描いています」

「すみません、現場の方だったんですね。背景ですか!無邪鬼の背景とっても綺麗で感動しました」

「ほんと?ありがとう。細かいのばっかで大変だったんですよ。城や城下町は嫌気が差しましたわ」

「取材にも行ったんですか」

「多少行きましたね。でもほとんどは当時の写真から、想像して、どーんです」


 どーんという感覚はわからないが、さすが美術の人という感じで面白い。

 現場の人と話すと、アニメは色々な人の協力で出来上がっているのだと実感する。普段見えないから、こういう風に顔を合わせるのは大事なことだ。


「なあなあ、うちのことはいいけどさ」

「はい?」


 お姉さんがちらっと横に目線を投げる。あっ。

 さらにむすっとした女の子がいた。ごめん、話に夢中で稀莉ちゃんを放置しすぎた。

 彼女の皿はすでに空っぽだった。


「……」


 無言の圧力が怖い。

 というかどうしたの今日の稀莉ちゃん。普段は愛想を振りまく天使なのに、今日は自分から話すことをせず、やたら苛々としている。


「甘いものが足りないのかな?ほらほら、さっきとってきたケーキあるよ」

 

 お姉さんが気を遣ってくれる。

 甘いものを見た稀莉ちゃんの目が一瞬輝いたのを私は見逃さなかった。


「お言葉に甘えて、ケーキもらおうか」

「いらない」


 強情だ。

 ケーキにフォークを差し、持ち上げる。


「ほら、あーん」

「い、いいって」

「落ちちゃうよ、はいはい、口開けて」


 目を丸く大きく開けた稀莉ちゃんが、口は小さく開き、私はケーキを運搬する。

 もぐもぐ。動物に餌付けしている気分だ。


「ほら、美味しいでしょ」

「……うん」

「お姉さんにお礼言わないと」

「私は子供か!」

 

 17歳は子供だよ、というツッコミは避ける。


「ありがとうございました。美味しかったです」


 きちんとお礼の言える良い子だ、うんうん。何で母親気分なのだろう。

 背景のお姉さんが温かい目で眺めながら、口にする。


「いやー、お二人は仲良しですね。さすがパートナーですわ。普段からこうイチャイチャしているんですか?」

「イチャイチャって普通じゃないですか」

「いやいや、普通じゃないですよ」


 ……えっ、そうなの?

 稀莉ちゃんが顔を真っ赤にしている。あれ、普通じゃなかった?

 私が同僚にあーんする……うん、普通じゃないわ。


「仲良しでいいですね」

「はい、ラブラブですかね」


 お姉さんの言葉にのって、返答すると、稀莉ちゃんがその場から逃げ去った。

 怒らせてしまったかと反省。後で謝らないと。本当、今日の稀莉ちゃんはよくわからない。

 

「あらあら、苦労しそうですね」

「ええ、苦労しています」

「いやいや、佐久間さんがですよ」

「へ」


 お姉さんの言葉が理解できない。が、わかった風に流すことにした。

 それより、別の疑問が。


「私たちのこと、ご存知だったんですか?」

「そりゃもちろんです。有名声優の二人ですから」

「稀莉ちゃんはともかく、私も?」

「ええ、人気ラジオじゃないですか。私もよく仕事中聞いていますよ。めっちゃ笑えます」


 そうか、めっちゃ笑えるか。リスナーの生の声は嬉しい。私も意外と知名度があるのだなと自惚れる。まあ、アニメの打ち上げだからね。そりゃ普通の世界より、知られてはいる。


「ありがとうございます」

「これからも応援してますね、よしおかん」


 普通の人からの「よしおかん」呼びはまだどこか恥ずかしい。けれども皆に知られて認められているのは、嬉しくてたまらない。

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