第7章 打ち上げは食べ放題ですか?③

 同じ声優さんと話せるのも作品打ち上げの良い所だ。


「あの作品見ましたよー。凄い演技よかったです」

「だろー、俺もちょっと自信あったんだ」


 ガハハとベテラン声優さんが笑う。

 一緒のアフレコだと話せるが、忙しい人気声優や、ベテランの人だと別録りのことも多い。同じアニメに出ているのに初めて会うのが、イベントや打ち上げといったことも珍しくないのだ。同じ事務所でもなかなか会えない。

 だから、共演者と交流できる打ち上げは貴重なのだ。

 それに、


「お、いたいた。たっちゃん、お前のとこの米の酒、この子が美味しそうに飲んでいるぞ」

「本当ですか、嬉しいな」


 やってきたのは、40代のスーツを着た男性。この作品のアニメ会社のプロデューサーである。


「お疲れ様です。93プロデュースの吉岡奏絵です」

「どうもどうも、お疲れ様です」

「本当に美味しくて感動しています」

 

 お世辞でもなく、本気で美味しい。


「ありがたいです。どれぐらい飲んだんですか」

「もう5杯目ですかね」

「えっ、5杯!?」


 プロデューサーさんに軽く引かれる。無理もない、打ち上げが始まってまだ30分ぐらいだ。


「な、たっちゃん。吉岡はすげーんだ。こんなに飲める女性はなかなかいないぞ」

「はは、確かに」

「恐縮です」


 最近の女性は飲めない人も多いので、こんなに飲む女性声優はさぞ珍しいだろう。最近の女性という発言はおばさんくさいな……。

 プロデューサーが「あっ」と驚く。


「どうしたんですか?」

「吉岡さんって、よしおかんさんですよね?あのラジオの」

「さん付けはいいですよ。はい、よしおかんです。これっきりラジオを今作ヒロインの佐久間さんとお届けしています」

「あー、やっぱりそうなんですね。うちの制作が面白い、面白いと話題にしていて、気にしていたんですよ」

「そうなんですか!少し恥ずかしいですね、ははは」


 アニメ会社の人も話題にしてくれるとは嬉しい。


「たっちゃん、そんな面白いの、そのラジオ?」

「ええ、凄い人気ですよ。確かイベント決まったんでしたっけ?」


 詳しい。さすがプロデューサーだ、情報が早い。でも、ヒロインの子の動向を探るのは当然のことなのかな。

 

「はい、ありがたいことにイベント決まったんです。今から緊張しています」

「何回もイベントしているから大丈夫だろ」

「あはは、そうだといいですね」


 空音以降はほとんど主演キャラを演じていないので、イベントでメインを張っていないのだ。もうあの頃の思いを忘れてしまっている。


 お酒を飲みながらも、話は止まらない。いや、話を止まらせない。

 社交の場でありながら、これは仕事なのだ。

 プロデューサーにそういえばうちの酒を美味しく飲んでいた子がいたなーと印象づけられれば勝ちだ。これは営業、自己アピールなのである。声優を選択するのは、プロデューサーだけではないが、決定権を持つ一人である。華やかな場でありながら、ここは勝負の世界なのだ。生き残るためには、覚えてもらうしかない。

 だから、ベテラン声優の男性も私のためにわざわざプロデューサーを呼んでくれたのだろう。気遣いができるよい先輩だ。


「くはー、うめー」


 ただお酒を飲む仲間を見つけたかっただけではないよね?

 さて、私はお酒を飲みながらも、どこか冷静に場を見極めなくてはならない。ずっとベテラン声優、プロデューサーと話していては他の人にも挨拶ができないのだ。頃合いを見極め、失礼のないように次の交渉の場につかなければいけない。

 普通はお手洗いに行ったり、お酒を取りに行ったりしその場を離れるのだが、私の欲望のままに突っ走った結果、日本酒ゾーンの前で陣取ってしまい、お酒を取りにいってきますねーが使えない。

 見極めろ。いつだ、ここか、いや、違う。今じゃない。


 ごつん。


「ぐはっ」


 背中に衝撃を受け、日本酒を少し吹く。も、もったいない。

 誰だ、私に危険タックルをかますのは。敵襲、緊急なのか!?

 振り返ると、いたのは小さな女の子。


「あれ、稀莉ちゃん?」

「ふんっ」


 何だかむすっとしていて、不機嫌だった。

 いつの間にか、私地雷踏んだ?いや、今日は壇上で挨拶するのを見ていたけど、話してはいない。


「おー、ヒロイン様の佐久間じゃん」

「お疲れさまです」

「がるがる」


 私の背中で稀莉ちゃんが男性二人に威嚇している。


「どうしたの、稀莉ちゃん?変なものでも食べた」

「食べてない!」

「がはは、おもしれーな、佐久間は」


 稀莉ちゃんの失礼な態度も、二人は意に介さない。

 そして、私の服を引っ張る稀莉ちゃん。何なんだ。急にお母さんが恋しくなったの?私、こんなかわいい子産んだ覚えないけど。


「ご飯、たべよ」

「お、おう、わかったぜ」


 思わず、男口調で返してしまう。


「そうだな、美味しいご飯もあるんだから、食べないともったいない。行ってきな」

「ですね」


 二人の後押しを断るわけにはいかない。


「はい、じゃあお腹もいっぱいにしてきますね」

「おう、親子で仲良くな」

「せめて姉妹にしてくれません!?」


 思わず突っ込まずにはいられない。

 こうやってすぐ言葉を返せるのも、ラジオをやっている成果なのかな、と思うと微笑ましい。母親に見られるのは、うら若き乙女としては微笑ましくはないけどね。

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