第7章 打ち上げは食べ放題ですか?②

 乾杯のビールを早々に飲み干し、次のお酒を求め、旅立つ。

 

 打ち上げ会場には大勢の人がおり、全員がこの作品の関係者であるが、ほとんどの人の名前も顔も私は知らない。

 それもそのはず、打ち上げには私の知っている監督、プロデューサー、音響監督、声優以外に、現場でアニメを作っている人たちがいるのだ。アニメ制作会社の制作さん、絵を描く作画さん、背景さん、CG屋さんに撮影さん、演出さん、脚本さん。フリーの人から会社に属する人、私も全て把握できないほど多くの業種の人がいる。また実際に作る人だけでなく、広報、宣伝、Web担当、様々な仕事がアニメを支えている。

 皆の顔を覚えて、皆にありがとうと一人一人お礼したいところだが、時間が足りない。この場を楽しむことで、感謝の気持ちにかえたい。自分都合すぎるか?話していると、食べたり、飲んだりすることできないからね。せめて感謝の気持ちだけでも。


 それにしても、『無邪鬼』はヒットしたのだろう。それは打ち上げ会場を見ればわかる。ホテルの宴会場を貸し切り、食事はバイキング形式。種類も豊富で、さらにアニメにちなんだ料理もある次第だ。かなりのお金がかかっている。

 アニメの打ち上げの規模、レベルが必ずしも「アニメの成功かどうか」の指標にはならないが、概ね合っている。

 大学生御用達のチェーン店の居酒屋で開催された時には「あーヒットしなかったんだな……」と察してしまった。会社の会議室で、シートを敷いて開催されたこともある。室内で花見かな?と思ったが、それはそれで楽しかった。

 昨今では、打ち上げが開催されるだけでマシなのかもしれない。ひどい時には、打ち上げの「う」の字も出てこず、アニメの最終回が終わり、BDは発売され…‥ないこともある。

 そう思うと、今回の打ち上げはかなり恵まれた部類だろう。超大ヒットした作品は、六本木で開催されたり、シャンパンタワーを設置したり、何かとリッチらしいが、そういった場で和める気はしない。パリピになれないな私。

 それに何といっても、この打ち上げは無料である。

 作品によってはお金が徴収され、個人負担、事務所負担の場合もあるが、今回はタダ、無料である。無料である!普段、コンビニ弁当やスーパーの食材の私にとって打ち上げはご褒美なのである。

 無料で美味しい料理を食べ放題なだけではない。さらにお酒も飲み放題なのである。最高だ、打ち上げ最高かよ!ワイン、ビール、ハイボール、カクテル。定番ものは基本的に揃っている。

 でも、私が求めているのは違う。普段飲めないものを求めているのだ。


「あ、ああ!!」

 

 あった、さすが時代劇ものアニメだ。日本酒がある!

 それも樽だ。爽やかなお姉さんが竹勺を使って、升に日本酒を入れている。


「お姉さん、ください、ください」


 子供のように無邪気にお姉さんに日本酒を求める。お姉さんが若干引いているが、気にしない。


「はい、どうぞ」

 

 お姉さんから日本酒を受け取り、今年1番の笑顔を浮かべる。

 透き通った水面にそっと顔を近づけ、香りをかぐと柔らかな空気が私を包む。たまらず私は口につけ、日本酒の世界へ誘われる。

 ごくん。


「う、うまいっ!」


 なんだこの美味さは。久しぶり飲んだからそう思うのではない。今まで飲んだ中でも格別においしい。優しさの中に、濃厚さと、厳しさを持つ、絶妙な調和。何処の銘柄だ?これ持ち帰りたい。


「こちらの日本酒、特注なんですよ」


 お酒のお姉さんが微笑む。


「特注、特注なんですか?」

「え、ええ。プロデューサーの実家がお米農家で、市販されることのないお米を使用しています。ここでしか飲めないものですよ」

「ここでしか、飲めない……!」


 アニメオタクにとって、「限定品」は欲望を掻き立てる魅惑の言葉である。いや、私はそんなオタクではないのだけどね。それでも、「ここでしか」という言葉はずるい、ずるすぎる。


「お姉さん、もう一杯!」


 いつの間にか飲み干した升を差し出し、お姉さんにおかわりをもらう。これはたらふく飲むしかない。


「はー、幸せ」


 至福の時間である。私はこのために声優をやっていたのだ!……いや、さすがに嘘だよ、冗談だよ、半分ぐらい。


「はは、いい飲みっぷりじゃねーか」


 私の豪快な飲みっぷりを褒めるのはベテラン男性声優さんだった。


「お疲れ様です!あはは、お恥ずかしい所を」

「いいって。吉岡がそんなに酒豪だったとは意外だわ」

「私なんてそんな~」


 そう言いながら、3杯目のおかわりを求めている私だった。

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