ある日の収録②
ラジオにはありがちなこと、ご法度なことがあるのだ。
***
奏絵「そういえばさ」
稀莉「何よ、急に」
奏絵「ラジオあるあるなんだけどさ、『ラジオネーム』って言い方、番組によって変えるよね」
稀莉「確かにそういうこと多いわね」
奏絵「何でなんだろうね」
稀莉「何でなんでしょうね……はい次」
奏絵「いやいや、もっと興味持とうよ!
稀莉「えー」
奏絵「そして、私たちも何か考えよう?」
稀莉「めんどくさい」
奏絵「もう現代っ子はめんどくさがり屋なんだから」
稀莉「ひとくくりにするのは良くないと思いますー」
奏絵「めんどくさ!」
稀莉「はいはい、仕方ないわね」
奏絵「よくあるのが番組名から名づけるやつかな。ふわふわラジオだったら、ふわふわネーム、朝顔ラジオだったら、アサガオネームっていう感じにね」
稀莉「私たちだったら、これっきりネーム?」
奏絵「何か一回限定になりそうな言い方だね」
稀莉「ないわ」
奏絵「ですね、うーん難しい」
稀莉「唯奈のラジオだと、下僕ネームと呼ばれているわ」
奏絵「何なの!?可愛い顔してあの子そんなキャラなの!?」
稀莉「リスナーは喜んで名乗ってるわ」
奏絵「私たちはそういうの辞めよう、うん」
稀莉「じゃあ、何にするのよ」
奏絵「唯奈さんの視点は悪くはないかな。部員ネーム、隊員ネーム、社員ネームとかそんな感じだったらマイルドでいいよね」
稀莉「でも、面白みがないわ」
奏絵「確かに」
稀莉「そうだ」
奏絵「いい案浮かんだ?」
稀莉「おかんネーム!」
奏絵「はい、却下却下」
稀莉「いいじゃない」
奏絵「おかんはよしおかん一人でいいの。あと、おかんネームって若い女の子や、男の人が呼ばれたら申し訳ない」
稀莉「重荷を背負うのは一人でいいってわけね」
奏絵「重荷と思っているなら、よしおかん呼び辞めてよ!」
稀莉「決まらないわね」
奏絵「ええ」
稀莉「かくなる上は」
奏絵「うん」
稀莉「リスナーからの募集よね」
奏絵「ザ・他力本願」
稀莉「よいネーム浮かんだ人はぜひ応募して下さい」
奏絵「番組からお礼でプレゼントが送られるかもよ。あっ、駄目。構成作家からNGでました。貰えるのは名誉だけです」
稀莉「名誉かどうかはわからないけどね」
奏絵「はい、じゃあお便り。『ラジオネーム(仮)、マグロ三本釣りさんから。こないだ大雨の日、女の子と相合傘をして帰りました』」
稀莉「ふーん、青春じゃん」
奏絵「いいね。『部活後に昇降口に行くと、いつも口げんかしてばかりいる女の子が佇んでいました。いつものように、傘忘れたのかよと揶揄うと、彼女は落ち込んでしまったんです。慌てた僕は、じゃあ一緒に入っていく?と提案し、彼女は静かに頷きました』」
稀莉「なにこれ。送るラジオ番組間違っていない?」
奏絵「『傘に一緒に入ると、いつもはうるさい彼女が大人しく、その違った雰囲気に僕はドキドキしてしまいました。誰かに見られたどうしようと思う気持ちもありましたが、いつまでも一緒に歩いていたいと思ったんです。これが恋だと気づきました』」
稀莉「私たちに恋愛相談送ってもしょうがないわよ」
奏絵「『でも至福の時はすぐに終わってしまいました。雨が空気を読まずにやんだのです。僕は傘をしぶしぶたたみ、最寄駅まで一緒に歩くことになりました。そして、駅に着くと彼女は言ったんです。雨に感謝だねっと。僕は毎日雨が降ってくれればいいのにと思いました』」
稀莉「梅雨ならいくらでも降るわよ」
奏絵「『まあ、全部夢なんですけどね』」
稀莉「はあ!?」
奏絵「『こういう夢を見て、朝起きたら無性に虚しくなりました。僕はもう学生ではないし、高校は男子校でした。これは誰の記憶なのでしょう』」
稀莉「知るか!ふざけんな!」
奏絵「稀莉ちゃん、どーどー」
稀莉「いやいや、夢?夢って何?時間をかえせー」
奏絵「稀莉様が大変ご立腹です」
稀莉「夢の話はラジオNGよ。暗黙のルール」
奏絵「そうなの?」
稀莉「そうよ。私が、『夢でフランスに行ってきましたー』って話して何になるのよ。行ってもいないのに、妄想垂れ流して、ネタがないのかと」
奏絵「手厳しい」
稀莉「はい、次回から問答無用で読む前に破るので覚悟しなさい」
奏絵「稀莉ちゃんは夢見る?」
稀莉「まだ続けるの?夢の話。よしおかんはどうなのよ」
奏絵「私は意外にもぐっすり寝るので、全く夢を見ない。見ていても覚えていない」
稀莉「幸せな人生ね」
奏絵「褒められているのに嬉しくない!稀莉ちゃんは?」
稀莉「私はたまに見るわ」
奏絵「そうなんだ。私出てきたことある?」
稀莉「はあ!?」
奏絵「そんな驚かなくても」
稀莉「ないないないない」
奏絵「そんな全力で否定しなくてもー。じゃあ今日からは枕の下に私の写真を入れてみてね」
稀莉「そんなことするかー!」
***
何度も夢に出てきたことがあるし、枕の下に写真を入れたことがすでにあるなんて、口が裂けても言えないのであった。
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