第5章 また今日もジングルが流れる⑦

***

奏絵「はい、お便りです。『アルミ缶の上にあるぽんかん』さんからです。あるぽんさんこんばんはー」

稀莉「あるぽんさんもすっかり常連ね。何回もおたより破っているのに送って来るなんてドエムなのかしら」

奏絵「はい、あるぽんさんを虐めない。余計喜んじゃう人かもしれませんよ」

稀莉「うっ、それは気を付ける」

奏絵「ごめん、あるぽんさんが変態扱いされちゃった」

稀莉「このラジオに送ってくる人なんて、どうせ皆変態よ」

奏絵「リスナーをディスらないで! 余計喜んじゃうんだから。はいはい、読みますよ。『佐久間さん、よしおかんさんこんばんはー』」

稀莉「よしおかん呼びも定着したわね」

奏絵「私ももう否定する気ないわ。いや、でも、よしおかんに、さん付けはおかしくないかい?」

稀莉「続きは?」

奏絵「ちょっとぐらい抗議させてよ。はい、『僕は今就活中で人生の選択に悩んでいます』、あるぽんさん大学生?だったんですね、もしくは専門。就活かー、大変だ。それは悩みますね」

稀莉「私は就活したことないけど、確かにわかるわ。人生に選択って大事」

奏絵「続き読みますね。『僕はこれから人生の選択をするわけですが、お二人も人生が変わった出来事ってありますか?』」

稀莉「人生が変わった出来事か……」

奏絵「私はあるよ」

稀莉「声優になれたこと?」

奏絵「ううん、もっと具体的」

稀莉「空音を演じたこと?」

奏絵「ううん、違う」

稀莉「じゃあ、何よ」

奏絵「えへへ」

稀莉「何よ笑って気持ち悪い」


奏絵「これっきりラジオを始めて、稀莉ちゃんに出会えたこと」

稀莉「……!?」


奏絵「確かにデビューも人生が変わった。本当、声優デビューできなかったらここにいないし、空音を演じなかったら私は私じゃなかった。でも、このラジオでも私は凄い人生が変わった」

稀莉「いきなり何よ、あんた」

奏絵「いいじゃん、事実なんだもん。たまにはデレを見せていかないとね」

稀莉「誰需要よ」

奏絵「ねえ、稀莉ちゃんはある? 人生が変わった出来事」

稀莉「……ある」

奏絵「聞かせて、聞かせて」

稀莉「あの、ね」

奏絵「うん」

稀莉「あなたに」

奏絵「え?」


稀莉「吉岡奏絵に出会えたこと」


奏絵「へ?」

稀莉「何よ」

奏絵「……え、そ、そうなんだ」

稀莉「うん」

奏絵「え、なにこれ。ドッキリじゃないよね。看板持って立ってないよね?稀莉ちゃんこそデレなの?」

稀莉「違うわよ」

奏絵「え、え、リスナーさん、私お金渡したわけじゃないですから!」

稀莉「どういう誤解よ!」

奏絵「うん、そうなんだ。稀莉ちゃんが私に出会えてね…、へへ、何だか、恥ずかしいな」

稀莉「……もう言わない」

奏絵「同じだね、稀莉ちゃん」

稀莉「ふんっ」


奏絵「そんなあるぽんさんの人生も変わるかもしれないビッグニュースです」

稀莉「切り替え早っ!」

奏絵「プロですから」

稀莉「そんなプロ根性は見たくなかった。もうしょうがないわね。はい、なんと〈これっきりラジオ〉の公開録音が決定しました」

奏絵「パフパフー」

稀莉「これっきりラジオ初めての単独イベントです!」

奏絵「11回にしてイベントって異例の早さよね。しかも単独」

稀莉「これも皆さん、リスナーさんのおかげですね」

奏絵「イベント応募方法は次回お知らせしますので、絶対聞き逃さないでください」

稀莉「公開録音だとカットできないから心配だわ……」

奏絵「大丈夫、私と一緒だから大丈夫!」

稀莉「だから不安なのよ!」

***


 まだまだ彼女のことはわからない。

 たかが11回。出会って約3か月だ。

 それに今は人気だけど、このラジオがどうなっていくのかもわからない。

 急に終わるかもしれないし、1年、3年、5年も続く長寿番組となるかもしれない。

 いずれにせよ私の普通じゃない声優人生は続いていく。

 声優として何を残せるのか、生きていけるのか、食べていけるのか不透明だ。

 走るレールなんて何も敷かれてないのだから。


 ただ、今はこのラジオ番組「これっきりラジオ」がある。


 過去の栄光に囚われるのではない。

 先の見えない未来を不安視するのではない。

 今を、この時を精一杯生きる。

 そして、私たちが一生懸命やっているラジオを聞いてくれた人たちが、

 笑顔になれたら、

 楽しい気持ちになれたら、

 パーソナリティとしてこれほど嬉しいことはない。


***

奏絵「イベントに向けて、どしどしおたより応募してきてねー」

稀莉「ふつおたはいりませんから!」

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