第6章 ふつおたはいりません!
第6章 ふつおたはいりません!①
私が初めて彼女、吉岡奏絵を見たのは「空飛びの少女」のイベントだった。
当時、私は小学生だった。
周りの男子たちが「空飛びの少女の面白い」「本当この後の展開気になる!」
「まじ熱すぎ!」と盛り上がっているのを聞いて、そんなに面白いのか!と気になってしまい、学校帰りに本屋に寄って小説を買ったのがきっかけだった。
「空飛びの少女」は素晴らしかった。
男子たちが盛り上がるのも当然だった。熱い展開、広大なファンタジー要素、激しいバトル、空音の恋愛模様、そして彼女のかっこいい生き様に私は夢中になり、寝る間も惜しんで読んだ。気づけば最新刊の10巻まで読破していた。
そして、私を虜にした「空飛びの少女」がアニメ化することを知った。
深夜に起きて、両親に見つからないようにテレビの前で正座して見ていた。
アニメの出来は、原作に忠実に、いや原作以上に素晴らしいものだった。その要因が空音の「声」だった。
私のイメージした空音以上に空音であり、彼女の熱演に心が揺さぶられた。
エンドクレジットでみた「吉岡奏絵」という四文字に私は憧れと尊敬を抱いた。
思えば、親が声優の仕事もしていたにも関わらず、声優という仕事を意識したのは、この時が初めてだったのかもしれない。
今までほとんど手を付けていなかったお年玉を使用し、「空飛びの少女」のDVDを購入した。親がいない日に隠れて何回も何回も見た。おかげで台詞のほとんどを覚え、空音を自分で演じてみたりもした。
DVDにはイベントチケットというものも付いてきた。
イベントには興味あったが、小学生の私が行くにはハードルが高すぎた。親を説得する勇気もなかった。
でも、イベントチケットにはこう書いてあった。
出演:吉岡奏絵。
憧れの人に会いたい気持ちが勝った。
私は当時所属していた劇団のマネージャーに頼み込み、チケットを応募してもらった。もちろん親には内緒だ。
私の思いが届いたのか、見事当選し、「空飛びの少女」のイベントに行けることになった。さすがに小学生だけは不味いと思ったのか、劇団のマネージャーも一緒に参加してくれることになった。
イベント前日は、大好きな「空飛びの少女」のイベントに行ける、それに憧れの吉岡奏絵に会える!と興奮しすぎて、ほとんど眠ることができなかった。
当日、イベントでステージに立つ吉岡奏絵から目が離せなかった。
「みんな、こんにちはー! 空飛びのイベントに来てくれてありがとうー!」
面白いトーク、彼女が担当したエンディング曲の熱唱、そこに空音がいるかのような朗読劇での熱演、誰よりも彼女は輝いていて。
誰よりも大きい存在だった。
とても新人声優には見えなかった。
私もこの人みたいに輝きたい、吉岡奏絵みたいに大きな存在になりたい。
イベント後も彼女のことを考えてばかりだった。
彼女への憧れは一層増し、また会いたいという気持ちが強くなった。
寝ても覚めても、学校でもお風呂でも、ベッドでも彼女のことばかり考えていた。
恋愛を漫画や小説、アニメを通じてしか知らない私にとって、それは初恋みたいなものだったのかもしれない。
このイベントをきっかけに私は声優になる決意をした。
彼女に夢を与えられたのだ。我ながら単純である。
決意をしたからには両親を説得する必要があった。
……もちろん吉岡奏絵の名前を伏せてだが。
最初は母も反対した。けれど、母自身、役者で声優経験もあったことから、強く反対できなかったのだろう。劇団関係から声優の仕事を貰えるよう、お願いしてくれた。母には感謝してもしきれない。
そして、私は気づけばとんとん拍子で声優になった。
彼女と同じ舞台に立てた。
しかし、憧れの吉岡奏絵は「空飛びの少女」の初主演以来、輝きを失っていった。
彼女に2回目に会ったのは、アニメ「無邪鬼」の収録現場だった。
「初めまして、吉岡奏絵です。今大人気の佐久間さんに会えて光栄です! 私、モブ役やちょい役ばかりなんで名前も知らないと思うんですけど、宜しくお願いします~」
そこに私が憧れを抱いた吉岡奏絵はいなかった。
ステージで堂々としていた、輝いていた、誰よりも大きかった彼女は落ちぶれてしまっていた。
彼女に失望した。
私の憧れた「吉岡奏絵」はこんなんじゃなかった。
でも、それは私の勝手な理想の押し付けで、今の彼女に責任はなかった。
彼女がどうなろうと私は関われない、憧れただけの他人であった。
所詮、初恋なんて実らないものなんだ。
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