第5章 また今日もジングルが流れる⑥

 どんなに辛いことがあっても、また日は昇る。


 入院は1日で終わり、すっかり元気になった私は次の日の昼には帰宅していた。昨日は何で倒れたのか不思議なくらい元気だ。病院での点滴が効いただけではない。わかっている。

 そして、倒れた日から1週間が経った。 


「ご迷惑おかけしました」


 第11回の放送収録の打ち合わせ。開口一番に私は皆に頭を下げ、謝る。事前に電話、メールで謝っていたが、大事なのは直接顔を見て謝罪すること。

 これっきりにするために、私はやらねばならない。


「自覚に欠けていました」


 プロの声優という意識が欠如していた。


「調子にのっていました」


 仕事が増え、何でも上手くいくと思ってしまった。私は無敵だと錯覚してしまった。


「アラサーのくせに子供でした」


 20代後半にもなって、へまをやらかし、社会人として失格の行為をしてしまった。駄目駄目であったことを認める。

 私は駄目なのだ。それを受け入れる、理解する。

 稀莉ちゃんが何か言おうとするが、植島さんが手で制止する。

 言葉を続ける。


「もう風邪をひかないとは言えません」


 どんなに気を付けても、体調を崩すことはあるだろう。物事に絶対はない。でも被害を最小限にする努力をしなくてはならない。


「でもプロとして、声優として、ラジオパーソナリティとして、皆に迷惑のかけないように普段の生活から精一杯努めていきます」


 言っているのは当たり前のことだ。でも口にしなければ変えられない。

 顔を上げ、ラジオスタッフ一人一人の目を見る。

 若い女性スタッフ。ベテランの男性スタッフ。スポンサーの男性。構成作家。アシスタントさん。マネージャー。

 皆と目が合う。誰も逸らさなかった。

 ここにはたくさんの人がいる。私と稀莉ちゃんだけじゃない。

 大勢のスタッフがこの現場で、私たちのラジオのために、全力で頑張っている。いや、ここにいる人だけではない。事務所、同期、友達、ライバル、そして多くのリスナー。

 私はそんな皆の期待を裏切った。

 私は意志を、気持ちを大きな声で伝える。


「これからは今までのように、いやそれ以上に面白いラジオをつくるべく、頑張ります」


 具体的に何を頑張ればいいのかはわからない。私が面白いと思ったものが正解とは限らない。

 それでも、私は自分の信じたものを、自分を発信して、発進せねばならない。

 だって、それが失敗だとしても、前に進まなければ、挑戦しなければ何も生まないのだから。 


「改めてこれからも宜しくお願い致します!」


 深々と頭を下げる。

 一瞬の沈黙の後、


 パチパチパチ。


 大きな拍手の音が聞こえた。

 つい頭を上げ、見るとそれは植島さんからのエールであった。それにつられ、周りのスタッフも拍手をし出す。気づけばライブ講演後みたいに拍手大喝采だった。

 恥ずかしい。拍手なんてされる立場にない。でも、嬉しい、温かい。

 悪いことしたのに、笑顔で迎えてくれるスタッフたち。


「おかえり」

「これからもよろしく」

「先週は寂しかったな」

「いやーよしおかんがいないと物足りないわ」

「無理すんなよ」

「おかえりなさい」

「風邪をひかないためには普段からプロテインを」

「いやいや、それより生姜湯で」


 ハハハ。つい笑ってしまう。

 失態をして初めて気が付いた。私は支えられ、応援され、愛されている。

 私はここが好き。これっきりラジオの現場が好きだ。


「ありがとうございます」

 

 もう一度、頭を下げる。

 溢れそうになる涙をこらえ、笑顔で頭を上げた。


 そして、


「稀莉ちゃん」


 彼女の顔を見る。


「これからも宜しくね」


 今日も制服姿で、誰よりも可愛いお姫様に声をかける。

 彼女に救われた。彼女のおかげで、私は立ち直れた。


「当たり前よ。私の相方らしくちゃんとしなさいよ」


 いつも通りの厳しい口調。慣れたものだ。その言葉が私を元気にさせる。

 そんな毒舌家で、私よりも10歳若くて、ピチピチの女子高生。


「うん、稀莉ちゃんのパートナーだもんね」


 売れっ子で、可愛くて、芯は優しい彼女。

 まだ11回目しか放送していない番組の始まったばかりの共演者。

 でも私のことを相方と認めてくれた、

 私のことを必要としてくれた彼女のことが、


「わかれば宜しい」


 大好きなのであった。

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