第5章 また今日もジングルが流れる⑤
私はようやくノートパソコンを起動し、USBメモリを刺す。
そして、私は灯りの無い一人だけの病室で、恐る恐る第10回目のこれっきりラジオを再生した。
***
稀莉「こんにちは。佐久間稀莉と……」
稀莉「佐久間稀莉だけがお送りする〈これっきりラジオ〉!」
稀莉「はい、お聞きの通りです」
稀莉「本日はよしおかんが風邪のためお休みです。もういきなり休んで困っちゃうわね。アラサーなんだかしっかりしなさいよね。はいはい、夜更かししてないで早く寝て治すこと!」
***
いつもの稀莉ちゃんの声が聞こえた。知っている声なのにどこか昔の気がする。
知っている彼女。
でも毒舌も今日はどこか優しく、私を気遣ってくれているのを感じる。
***
稀莉「はい、〈よしおかんに報告だ!〉のコーナーですが、本人不在です。でもやります。やっちゃいます」
稀莉「さっそく読みますね。『夢見がちな42歳』さんから。いくつになっても夢を見るのは大事ですが、行動に移さないと駄目ですよー」
稀莉「はい、『お二人は好きな物を先に食べるタイプですか、後に食べるタイプですか?』 はいはい、来ましたよ。ふつおた。あまりに普通すぎるおたより」
稀莉「ふつおたはいりません!」
稀莉「びりっ……て止める人がいないと何だか調子が狂うわね」
稀莉「仕方がないので、答えるわね。先に食べるタイプです」
稀莉「……1人だとここから話が発展していかないわね」
稀莉「仕方がないので、植島さんに聞きます」
稀莉「えーなになに。なるほど、ちょびちょび食べていくタイプということ。めんどくさいタイプですね。食べるなら一気に食べなさいよ!」
***
最初は稀莉ちゃんが何を喋るのかと不安だったが、普段通りの稀莉ちゃんだった。
いつの間にか安心している自分がいた。彼女の声を聞くと落ち着く自分がいた。
そして、気づけば音量を上げ、夢中になって聞いていた。
***
稀莉「次は、〈もうこれっきり!〉のコーナー!」
稀莉「こちらではもうこれっきりにしたいことをリスナーから募集し、私たちがアドバイスするといったコーナーになっています」
稀莉「そうですね、私は、一人でずっと喋ることが辛いから、休まれるのはもうこれっきりにしてほしいですね」
稀莉「はい、今日は〈劇団・空想学〉はお休みです」
稀莉「さすがに一人で寸劇やるのはしんどいわ。一人二役とか地獄ね」
稀莉「たまに一番組で何人も演じる声優さんいるけどホント尊敬するわ。声の使い分けとか大変。絶対頭の中でぐちゃぐちゃになる」
***
2人でやる番組なので1人でのコーナー進行は無理がある。
それでも彼女はスタッフの助けもありながら、卒なくこなした。30分はあっという間に過ぎ、第10回放送は終わりを迎えようとしていた。
***
稀莉「イレギュラーな一人放送回でした」
稀莉「しんどい、本当しんどかった。二人分喋るとかもう無理」
稀莉「よしおかん、聞いているんでしょ。あんたがいないと辛いんだから、ちゃんとしてよね」
稀莉「すぅ……」
稀莉「私にはあなたが必要なの!」
稀莉「余計な責任とか感じないで、明るい顔して元気な声を聞かせなさいよね」
稀莉「1人だとつまらないんだから」
稀莉「ゲストなんていらない。代わりなんていらない。他にはいないの」
稀莉「私とあなたがいるからこその、これっきりラジオなんだからね!」
稀莉「……って恥ずかしいこと言いすぎた。植島さんカットで宜しく」
稀莉「えっ、カットしない? ふざけないでよ!これ放送されたら私恥ずかしいですけど! もう時間? どうせ録音でしょ、いくらでも編集が。うう、はい、もうしょうがないわね、終わり、終わりにするわ」
稀莉「来週は二人で、吉岡奏絵と二人でお送りします。いい夢見るのよ! 佐久間稀莉でしたー! また来週!」
***
涙は枯れたはずなのに、また私は泣いていた。
でも、さっきとは違う。嬉しい。温かい涙だ。
稀莉ちゃんは私を「必要」としてくれた。
『私にはあなたが必要なの!』
『私とあなたがいるからこその、これっきりラジオ』
これが、稀莉ちゃんが私に出した答えだった。
確かに、確かに伝わったよ、稀莉ちゃんのメッセージ。
彼女は言った。言ってくれた。
『来週は二人で』
私は戻っていいんだ、私があの場所にいていいんだ。彼女の隣に座っていていいんだ。
私を救う、何よりの特効薬だった。
彼女は答えを私にくれた。
10歳下、いやそんなの、もう年齢とか関係ない。ラジオの相方の、私のパートナーの稀莉ちゃんが私に想いを届けてくれた。
「ありがとう……稀莉ちゃん」
今度は私が返す番だ。
めそめそしているのは終わりにしなくてはいけなかった。
もう泣くのはこれっきりで、
調子にノルのもこれっきりで、
無理をするのもこれっきりで、
自分を卑下するのもこれっきりだ。
もっと自信を持て。
私は佐久間稀莉の相方だ。パートナーだ。
私は強くないし、無敵じゃないし、へこむことだってある。
でも私には支えてくれる相方、励ましてくれるパートナー、誰よりも優しい彼女がいる。稀莉ちゃんがいるんだ。
それが何よりも心強く、温かかった。
その夜は慣れないベッドだったけれど、すぐに眠りにつくことができた。もう悪夢を見ることはなかった。
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