第5章 また今日もジングルが流れる②

***

稀莉「残念なお知らせです。吉岡奏絵さんは前回の放送で最後となりました」

〇〇「今回からは稀莉さんの新しいパートナー、〇〇がお届けします」

稀莉「わーい、〇〇さん宜しくお願いしますね」

〇〇「稀莉さんの新しいお姉さんとして頑張りますね」

稀莉「はい、〇〇さん頼りにしていますね。〇〇さんは私も尊敬する声優さんで、こうやって一緒にラジオをお届けできるのが本当に嬉しいんです」

〇〇「そんなことないですよ、稀莉さんも今一番勢いのある声優じゃないですか。私こそ一緒にできるのが嬉しくて嬉しくてたまらないんです」

稀莉「えへへ、こんな綺麗なお姉さんと共演できるなんて最高です」

〇〇「またまたー」

稀莉「お世辞じゃないですよ。前の人はアラサーのおばさんで私のこと厳しく言う人だったんで」

〇〇「そうだったんですか」

稀莉「はい」

〇〇「確かにおかしかったですね。稀莉さんがいつも悪口ばかりで変なテンションでした。あれはやっぱり無理していたんですね」

稀莉「言いづらいけど、そうですね、無理していました」

〇〇「これからは無理しなくていいですからね、私と一緒に楽しくラジオしましょう」

稀莉「はい♪ それではさよなら、よしおかん、吉岡奏絵さん」

***



 がばっ。


「嫌だ! さよならなんて嫌だ!」


 大きな声を上げ、目を覚ます。

 今のは何だ。夢、現実? 本当に夢なのか。

 ここは何処だ?

 辺りを見渡す。

 真っ白な部屋だ。座っているのはベッド?いや、座っているのではなく、ベッドに私は寝ている。

 部屋は夕暮れでオレンジ色に染まっている。

 知らない場所。だが、何処にいるかはわかる。

 ここは、病院だ、おそらく。

 近くに人がいた。椅子でうちのマネージャーの片山君が腕を組みながら下を向き、寝ている。大声も気づいていないほど、熟睡している。

 徐々に冷静になり、少しずつ記憶を取り戻す。

 忘れたかった。思い出したくはない失敗を。


「そうか、私は倒れたんだ」


 風邪で高熱なのに無理して収録現場に行き、倒れた。植島さんが帰れと言ったのに素直に聞かずに倒れた。

 稀莉ちゃんの目の前で、私は倒れた。


『残念だよ、吉岡君。プロ失格だよ』


 植島さんの言葉の通りだった。私はプロ失格の行いをしてしまった。


「……ハハ」


 乾いた笑い声を発す。

 咳は出なくなったが、頭がじんじん痛くて、熱はいまだ高そうだ。

 もう終わりだろうか。

 あの悪夢は夢だけど、夢じゃない。近々私に降りかかる未来だ。

 『パーソナリティ降板、交代』

 それだけのことをした。それだけの愚行を冒した。

 打ち切りにはならないだろう、人気声優・佐久間稀莉の番組なのだ。何とかして存続させるはずだ。

 その隣には、私はいない。

 感情が溢れる、壊れる。


「……っ」

 

 叫び出す瞬間に、人の声がし、止まる。


「目、覚ましたんっすね、吉岡さん」


 寝ていたはずの片山君が目を覚まし、私に優しく話しかける。


「吉岡さん、目、目の下」


 片山君に指摘され、目の下を指で触ると湿っていた。

 知らずに涙が流れていたのだ。もう気持ちは溢れていた。せき止めることはできなかった。止めたつもりで容量オーバーだった。だから、せめて。


「片山君」

「はい、何っすか」

「悪いけど、10分だけ席外してくれない?」


 彼は突然の私の言葉に戸惑うことなく、素直に「わかりました」と言い、病室から出ていった。

 一人になった。

 もう何も遠慮はいらなかった。

 溢れた涙はもう止まらない。

 声を上げ、子供のようにわんわん泣いた。

 無敵でもなんでもなかった。私はただの子供で、いつまでも大人になれない声優だったのだ。いや、声優というのもおこがましい。声優失格、プロ失格。一瞬の栄光に縋るだけの駄目人間であった。

 自分の愚かさに嫌気が差し、自分の惨めさに心が沈む。

 一度ひっくり返った盆は元に戻らないし、零れた水はただ落ちるだけ。

 泣いても泣いても、涙は枯れなかった。

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